■老舗『ピック Pic』はまだまだ健在


数ある「3つ星」レストランの中にあって、華やかさの中にも、店主の人柄そのままに、家庭的な雰囲気が訪れる客をホッとさせる、そんな温かさが支持されていた、フランスはリヨンの南、ヴァランス Valence の老舗『ピック Pic』。
しかし、主人ジャック・ピック急逝の後、息子アランの努力もむなしく、95年版のミシュランでは、長年君臨し続けた「3つ星」の座から「2つ星」へと降格。明るい話題から遠ざかっていた感が強かったが、このほど、かねてジャックの生前の念願でもあった、ホテル部分の増築が完成。これに先立ち昨年12月には、隣接する駐車場の敷地を活用し建てられた、カジュアルなビストロ・タイプの店『オーベルジュ・デュ・パン Auberge du Pin』が開店するなど、スザンヌ夫人と店の将来を担う若い二人、アラン、そして妹のアンヌ=ソフィーを中心に「ピックはまだまだ健在」と、今までの沈滞ムードを一気に払拭する構えだ。

7月3日付の業界紙「ロテルリー」によると、すでにあった5つの客(うちスイート2室)は改装され、そこに今回新たに10室(うちスイート1室)が加わった。「何よりも自分たち自身がそこに住みたくなるような、そんな部屋作りをしたかった。(アンヌ=ソフィー)」というように、レストラン部分との一体感にも配慮しながら、時間をかけてアイデアを練った。南仏へと導く街道、7号線の途上、すでにプロヴァンスの匂いを感じさせる町であるだけに、南の雰囲気を漂わせる家具が、花であふれるテラスとの調和を見せている。調度品も部屋ごとに個性があり、各部屋には、番号ではなく、香りをイメージして、タイム、ローリエなど香草の名前がつけられている。室料は、750~1150フラン(スイートは950~1500フラン)となっており、60%の稼働率を見込んでいるという。

ホテル部分を、アンヌ=ソフィーとその夫ダヴィッドが担当するのに対し、兄アランは、老舗の調理場を守り続けている。480、560、660フランのコースに加え、ピックの名物料理の数々が味わえる「プレステージ」コースが960フラン。しかし、ウィークデイの昼食には290フランのビジネス・ランチも提供する。

昨年12月19日には、隣接する駐車場の敷地を活用して(なお、今回の改装・増築で、立派な地下駐車場も完備することとなった)、カジュアルなビストロ・タイプの店『オーベルジュ・デュ・パン』を開店。こちらの厨房では、先代ジャックの頃からその右腕として店を支えてきたジャン=ノエル・シャントルが、田舎の家庭料理の魅力を盛り込み、素材の持ち味を生かした料理を提供。好評を得ている。
当初、店側では、1日平均50~60食、平均客単価170フランを見込んでいたが、開店から4ヶ月間の実績では、1日110食、平均客単価205フランと、予想を大きく上回っている。
なお、この店の名前は、かのキュルノンスキーが、アレクサンドル・デュメーヌ、フェルナン・ポワンと共に、「現在料理の創造者」と称した、アンドレ・ピック(アランの祖父)が、1936年にヴァランスに移る前に、近郊の町サン・ペレーで1934年に初めて「3つ星」を獲得した店の名前にちなんでつけられたものである。

最後に、ロテルリー紙にアンヌーソフィーが語った、今回の経緯と今の心境を。

「3つ目の星を失って、売り上げは減少。しかも人件費を含めた店の支出は変わらず。今回の一連の改装・増築の目的は、星を取り戻そうなんていうものではなくて、ただ単に、そんな状況の中で、何かしなくちゃっていう思いがあったからなんです。特に外国からのお客様の店離れを感じていましたし、これでまた戻ってきてくれたらと期待しています。そして、私たちが軌道に乗った頃、もしミシュランが、また3つ星に値するという評価をくれたら、それはそれでとっても誇るべきことだと思います。でも3つ目の星のことばかりに頭がいっては駄目。たとえ2つだけでも幸せにやっていくことはいくらでもできるんですよ。私たちに必要だったのは、再びピックという店のことを話してもらえるようになること。どちらかといえば地道にやってきた店ですし、それに店構えも古びてきて、店の前のヴィクトル・ユーゴー通りからだって店がわからない位だったのですから。でもこれからは違います。まだまだ厳しい時期かもしれませんが、良い方向へと向かっていくと思います。もっと安易に、店の規模を縮小して、従業員を削減するような方法もあったと思います。ただ私たちは、そんなことは考えもしなかった。それがウチのやり方なんです。だからこの計画には全員で取り組みました。客室部分が充実したことで、今後より多くのお客様に来ていただけるようになると思います。家族で来ていただいて、自分の家のようにくつろいでいただけたらいいですね。私たちの頭には、完璧さを追求しなければという思いが常にあります。私たちが仕事する上での唯一の目的は、お客様がお帰りになる時に、満足していただいて、また来たいな、と思っていただくことです。あらゆる物事が変化し、進化していきますが、そのスピードは、私の父の時代と比べるとずっと早いですから、それに対応した心遣いが必要だと思っています。もし今、父がいたら、きっと心の底から喜んでもらえるでしょうね。」

「家族全員で力を合わせてやっていく。代々そうしてきたように、これからもこのやり方を守っていくのが一番。」低迷の時期に、同じように家族で経営している、アルザスのエーベルランの店(『オーベルジュ・ドゥ・リール』3つ星)を訪れて、そう再確認したとアンヌーソフィーは語っているが、あくまで家庭的な温かいもてなしを信条としながらも、施設の充実、事業の拡大で再起を図る『ピック』。今後の動向に注目したい。






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