■ミシュラン2000年版 <フランス編>


少し前の話になってしまったが、今年は2月29日に、恒例の『ミシュラン・ガイド』フランス編が発売された。日本では通称『ミシュラン』と呼ばれているこのガイドブックは今年で創刊100周年。この2000年版から、フランス編は、タイトルを『ル・ギッド・ルージュ』とし、星やクヴェール(スプーンとフォーク)マークの数による評価のほか、掲載しているすべてのホテル・レストランにそれぞれ短いコメントがつくことになった。また、創刊100周年を記念し、2000年版には、現在の『ル・ギッド・ルージュ』の前身である『ギッド・ミシュラン』第1号の復刻版がついており、当時の様子がうかがえて非常に興味深い付録となっている。特に、1900年の初版に掲載されていたホテルが116軒もこの2000年版で紹介されているというから驚きだ。2000年版では、それらのホテルには「100年マーク」がつけられている。

さて、今年の『ミシュラン』の星の動向はどうだったのか。遅ればせながらごく簡単にまとめてみた。



3ツ星への昇格は1軒



3ツ星といえば、昨年の『Michel Brasミシェル・ブラス』の昇格が衝撃的だったが、今年、新たにその栄冠を勝ち取ったのはパリの『グラン・ヴェフール』のみ。これで、フランスの3ツ星レストランは、パリに7軒、地方に15軒の計22件に。


「料理は自分を表現するための手段。私はそれを皆に伝えたいんです」

ギィ・マルタン氏は1957年、サヴォワ地方、ブール・サン・モーリス生まれ。2人の兄弟とともに自由奔放な幼少期を過ごした彼が、料理の世界に足を踏み入れたきっかけは、アヌシーの『ヤン』のシェフ、イヴ・ルフェーヴルの料理。それは、学費を稼ぐためにピッツェリアでアルバイトをしていた彼が知っていた料理とは全く別のものだった。
その後も幸運で運命的な出会いは続き、シャンパーニュの『テタンジェ』社社主で『グラン・ヴェフール』現オーナー、テタンジェ氏らと出会ったことで、加速度的にこの業界の高みへと登りつめてゆく。スイス国境近くの『シャトー・ドゥ・ディヴォンヌ』で2ツ星を獲得(1990年)した後、1991年、『グラン・ヴェフール』の料理長に就任した。

 <3月2日付『ロテルリー紙』より>


「私は一度も“グランド・メゾン”と呼ばれるような大きな店で修業したことはありません。だけど、こうして最高の幸運にたどり着くことができたんです」
                       
こう語るのは、『グラン・ヴェフール』のシェフ、ギィ・マルタン氏。確かに、「巨匠」と呼ばれるシェフに師事する料理人が多い中、彼のような経緯で3ツ星を獲得した例は珍しいかもしれない。


「私はどの巨匠のもとにも属していません。心のおもむくままに情熱と詩を形にしています。ですが、母の料理を想い出す事はよくありますね。若いころ私はなにもできない子でしたが、食べる事に関してだけは一人前だったんです。母は子供たちを喜ばせようと、本当にバラエティに富んだ料理をつくっていましたから。そのおかげで、私は当時すでに良いものを見分けるということを覚えていたんだと思います。私と2人の兄は本当に自由に育てられましたが、お互い、他者に対する尊敬の念をもっていました。利己主義的ではなく、大きな愛情に包まれた、分かち合う生活でした。私は他者に心を開くということを義務だと思っています。人は一人で生活しているわけではありませんから。山に登れば、多くのものごとを相対的に見ることができますよ。自然の前では人はとても小さな存在でしかないんです」

自然を愛し、暇を見つけては定期的に山へ出かけるという彼らしい意見だ。
「あなたのその生き方と成功への軌跡が、今後の若い料理人たちに大きな影響を与えるのだということを意識していますか」という問いに、


「意識しているのはもちろんですが、それ以上にとても嬉しく感じています。多くの人が今日の職場環境を難しいとか厳しいと言っていますが、私たちの若い頃ほどではなくなってきています。労働時間も短縮されましたし、これはとても幸せなことです。この業界自体がどんどん変化していますから、大切なのは、共に働く人を尊敬することだと思っています。いま私が若い人たちに伝えたいことは、私たちの職業がすばらしく自由な空間であるということ。毎日自分の好きなことに取り組んで生活するというのは、とてもすばらしいことですよ」と答えた。

<5月4日付『ロテルリー』紙別冊 J.F.メスプレド筆より>


『グラン・ヴェフール』は、かつて、長きに渡って3ツ星を誇ったパリの老舗。
当時、この店の3ツ星を30年間維持したシェフ、レイモン・オリヴェは1983年に星を落とし、1985年に引退した。今年、ギィ・マルタンは3つ目の星を取り戻したわけだが、このことについてこう語っている。

「この美術館のような、たくさんの歴史に彩られたレストランには、レイモン・オリヴェの存在が今もなお息づいています。私にとって、彼は目に見えない主人です。私は彼のことを知りませんが、彼のレシピやアイデア、最高の食材を極めようとする主義が、私ととてもよく似ているんです。このミシュランの3ツ星は、彼のためのものでもあるんですよ」

<2月26日付『フィガロ』紙 ニコラ・ドゥ・ラボディ筆より>


●しのぎを削るレストラン業界。その他の星の動き

今年2ツ星に昇格したレストランは4軒、1ツ星への昇格は40軒。それに対し、1ツ星への降格は7軒、星をなくしたレストランは36軒だった。

2ツ星へ昇格したレストランは以下の通り。





前述の数字からも分かるように、フランスでは毎年40軒以上ものレストランの星の交代劇が繰り広げられている。今年の1ツ星への降格組には、前料理長ミシェル・ロット氏の『ラセール』への移動も記憶に新しい、パリ1区のホテル・リッツ『エスパドン』をはじめ、トゥールーズの『ジャルダン・ドゥ・ロペラ』、サン・ジャン・ピエ・ドゥ・ポールの『レ・ピレネー』などが含まれており、その生き残りの難しさを物語っている。また、パリ16区の『ヴィヴァロワ』が閉店のため姿を消した。



●数字で見る『ミシュラン2000

今年、フランス版に収録されたホテルは5661軒、レストランは4137軒。そのうち499軒のレストランがいわゆる星付きレストランの評価を受けた。内訳は、3ツ星が22軒、2ツ星が70軒、1ツ星407軒だった。また、「手の込んだ料理を手頃な価格で提供する」“ビブ・グルマン”の評価を受けた店が496軒、「85フラン以下のシンプルメニュー」を提示するレストランが1376軒紹介されているなど、幅広い内容となっている。


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佐藤 重文






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