31 坂上是則

 平安時代のはじめ、蝦夷(えぞ)征伐をしたり京都の清水寺を立てたりした、征夷大将軍坂上田村麻呂の子孫といわれます。先祖は唐人(もろこしびと=中国人)。この人自身は下級官吏でしたが、蹴鞠(けまり)の名手でありました。ある時、彼を含めた5人が200回を超えて蹴り続け、褒美をもらったという記録もあります。今だったらサッカーの名選手になったかもしれませんね。「三十六歌仙」という藤原公任(きんとう)が選んだ歌詠み上手のベスト36人に名を連ねています。


 歌の方ですが、読んでそのまま。難しい言葉はありません。
「朝まだ早い時分、外がほの明るいので、有り明けの月(明け方沈まないで残っている月)の光かと思って寝ぼけまなこで起き出てみると、辺り一面は雪景色だった。ここは都から遠く離れた吉野の里」吉野の山奥での寂しいひとり言か、はたまた、そばに寝ている誰か(女性!?)に語りかけているのか。


 桜の名所として有名な奈良県の吉野ですが、冬景色もとても素敵だと聞きました。二番目の歌の作者持統天皇がこよなく愛した場所です。筆者も大好きです。いかがですか。今度の休日辺り、ふらっと吉野を訪れてみては。


 さて、これを和菓子にしてみると…。


重松 麻希

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