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『モンドおよびその他の物語集』 |
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ある日モンドは町を見下ろす丘に独りのぼることにする。町はずれのジグザグの階段をゆっくりした足取りで、コショウの葉やスイカズラの花に触れてにおいをかぎながら、飛ぶ鳥やバッタの音を感じながら、サラマンダーを横目に見ながら、進んでいく。丘をのぼるほどに、太陽の光は黄色く柔らかく感じられ、まるで木の葉や古い壁石から発しているようだった。日中、大地に沁みこんでいた光が今出てきて、熱を放ち、その雲を膨らませていた。 |
![]() (ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ著/Gallimard ) |
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●作者紹介 ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ |
●作品紹介 「モンド」は、主人公の少年の名前で、年齢は10歳ぐらい。いつのまにか、どこからか、この海辺の町にやってきて住みついた。一日中気ままに町の中を歩き回り、何でも食べ、どこででも寝る暮らしをする。通りで気に入った人を見つけると、眼をきらきらさせながらじっと見つめてこういうのが口癖、「僕を養子にしてくれませんか?」。町の人々も、きれいな黒い眼をしたモンドにいつのまにか慣れていった。 |
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モンド、君は誰? モンドと心を通い合わせるのは、 「周辺の人々」と言えるかもしれない。決して、町の政治を動かしたり、人々を取り締まったり、商売が当たって大儲けした人ではなく、広場に一日中座って鳩と一緒にひなたぼっこをするダディ爺さんであり、手品をして通り掛かりの人から拍手と小銭を受け取ってその日暮らしをする大道芸人であり、海岸の小石に文字を刻んで読み方を教えてくれる老人である。ティ・シンもうら寂れた丘に住む、祖国を離れたベトナム人である。 |
ル・クレジオは故郷の南仏ニースを頭に置いてこの物語を書いたと思われる。幼少期の小さな風景を一つ一つ思い起こしながら、空間的な郷愁と、子供の本質は変わらないという理想を込めて書いたのではないだろうか。
彼はあるインタビューで「ニースは小都会以上の巨大都市である」と答えており、その都会的世界から逃れる唯一の方法は浜辺に行くことだ、と続ける。これはモンドが、人込みよりも海に突き出た波よけのブロックの上を歩くことのほうを好むのに通じるだろうし、モンドが海の向こうの知らない国に思いを寄せるあたりは、作者が子供の頃、父親に会いにアフリカへ船旅をした事実を思い出させる。 ![]() |