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江戸料理の特徴 その二……味付けについて

杉浦
材料の違いは分かりましたが、その他、料理の違いというと、どういうところでしょうか。

永山
それは調味に尽きるでしょう。

杉浦
味付けのことですか?

永山
そうです。塩使いでしょうね。上方(関西)はもともとお公家さんが料理の舞台を作った土地柄ですね。その後、江戸時代になって商人が力をつけていくので、商人に喜ばれる料理になっていきます。商人というのは武士に比べて体を使わないでしょう。だから、あまり濃い塩味を必要としない。また同時に、関西には歴史があるので、関西人は舌が肥えています。素材の味を大事にするところがある。今でもいえることですが、素材の持ち味を大事にして引き立てようとするのです。それが最近、ヨーロッパやアメリカの影響なんでしょうが、素材の持ち味を無視するような味付けが増えています。素材が悪くなっているといえるのかもしれませんが、これはやはり、日本料理という立場からいえば、問題ではないでしょうか。そうはいっても、関西・関東どちらも料理人の美学というのは「素材にない味は出せない」ということに尽きるんです。それが、戦後、素材にない味まで出してしまいます。こういうことは、間違っていると思います。そういう料理を要求するお客さんも悪いんだと思いますが。

杉浦
味付けの点で、関東の方が味が強かったというのはなぜでしょう。関西は薄味、関東は濃い味と一般にいいます。うどんの味がよく引き合いに出されますが、その味の明確な違いというのは、何でできるのでしょうか。

永山
江戸は武士の町であり、職人の町です。武士といっても江戸幕府以降、戦はしませんが、参勤交代で全国の武士が江戸に集まりました。関西人でも、江戸邸に滞在する間は江戸の料理を食べます。そして江戸の味に慣れると関西の味ではもの足りなくなってきます。

永山
運動量の差じゃないですか?カロリー消費量の違いだと思います。体を動かす人とそうでない人の違いでしょう。歴史的に見れば、公家文化と武士の文化の違いでしょうね。これについて、織田信長にまつわる有名な話があります。三好家が織田信長に滅ぼされたとき、三好家で公家料理を研究していた人が捕虜になります。数年たって、信長の家臣が名のある料理人だから、料理を作らせたらどうかと信長に勧めました。信長はこの人物をすっかり忘れていたのですが、家臣の進言通り料理を作るよう命令します。翌日、信長はできた料理を楽しみにして食べるのですが、水っぽくて食べられない。手討ちになりそうなところを、もう一回チャンスをくださいと料理人。次の日に作ったものは大変おいしかった。しかし、この料理人は内心では信長のことをばかにしました。最初に作ったのは公家料理。後で作ったのは田舎料理。信長ほどの人だから教養人だと思って公家料理を出したが通用しない。尾張の豆味噌文化圏の人なので、味が濃いのです。家康も三河出身ですからほぼ同じような好みだったと思いますよ。


 

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江戸料理の本質に迫る