米に対する日本人の意識

永山
秋というのはきのこ・木の実・根菜類・そばなど食材がたくさん出回るので非常に楽しみな季節ですよね。なによりも新米が出てくるでしょう。日本人が一番楽しみにしてきた季節。明治のはじめごろ、日本人の80%は農業をしています。ですから、私たちのほとんどは農民の子孫といえるでしょう。昔は普段は米の飯を食べることができませんでしたが、新米の季節だけはお腹いっぱい食べることができました。味噌をのっけて食べる熱々のご飯が最高のごちそうだったといいます。今は年中なんでも食べられますから、食べ物へのありがたさが消えている感じがしますね。

杉浦
昔のもてなしというのは、お酒を飲ますことというよりも、白いご飯を出すことだったのですね。

永山
そうです。

 
鮪について


杉浦
日本人は、鮪を昔から食べていたのですか?

永山
食べていました。『万葉集』にシビというのが出てきますが、これが鮪のことです。縄文時代も食べていました。でも、江戸時代は鮪はあまり上等な魚とは思われていませんでした。鮪が売り物になってくるのは幕末になってからでしょう。このころヅケという食べ方が出てきます。鮪は赤身が好まれました。そこにあぶらがほどよくのっていて、醤油と非常によく合うのです。トロがすしで高くなったというのは明治に入ってからではないでしょうか。

 
お客と料理人の関係


永山
ある有名な料理屋のオヤジさんがよくいうことに、おいしいなと思ったら褒めなくちゃならない。昔はおいしいなと思ったらお客さんが料金とは別にお金を包んだらしいのです。料理人はお客に評価されるということで自信がついてくるんです。そういうことって大事だと思うのです。つまり、料理はお客さんが育てるんです。単に味覚だけではなくて、経験・教養・社会的な地位などが舌に出てくる。こういう舌を持ったお客をどうやったら喜ばせられるかということで、料理人が一生懸命になるんです。そこでおいしい料理がはじめて登場します。素材によって同じ料理を作っても味が微妙に違います。その違いすらも腕のいい料理屋さんというのは感じさせないような持ち味を出します。今ではこんな料理屋さんが減ってきましたね。

 
かいしきについて


永山
かいしきを添えるということは外国の料理にはない繊細さですよね。

杉浦
どうして食べられないものをつけるのかというように思われることもありますね。

永山
こういうものがお皿にのっていれば、ああ、もうこんな季節になったのか、食べる楽しみ、ふくらみが出ます。五感を使って食べなければ損だと思います。料理自体がもっとおいしくなるし、体にもいい効果があると思いますね。

杉浦

こういうものを料理に添えるというのは、いつごろからでしょう?

永山
平安時代からありますね。

杉浦
では、単なる食べ物ではなくて料理という段階になったのは平安時代頃からとお考えですか?

永山
たぶんそうだと思います。

杉浦
平安以前は料理といえるものはなかったと考えていいのでしょうか?

永山
奈良時代、長屋王という当代きってのグルメ人がいました。いろいろな宴会を開いていますが、朝鮮半島や中国からお客さんが来て、そのたびに宴会をするのです。あのくらい教養があって美的センスに優れた人ですから、今のようなものとは違うかもしれませんが季節感を出す演出はしたでしょう。
日本料理はあり合わせ料理だといえます。「あり合わせ」というのは間に合わせとは違います。その季節に畑や山や海にあるものを上手に組み合わせて作ることです。ただ、これも外国からの影響で崩れてきています。こういう時代なので、ある程度崩すのは仕方ないですが、このようなことが分かって崩すのと、最初から現代的に合わせて作るのは違います。分からず崩すのはよくないと思います。
日本はもともと花鳥風月を楽しむようなゆとりのある文化を作ってきましたよね。ゆとりがなかったら、かいしきなど置こうとは思わない。ゆとりのなさの典型がハンバーガーなどのファーストフードだと思います。

 
日本と韓国の料理の違い


杉浦
となりの国の韓国では四季がはっきりしていますけれど、日本の料理とは味付けも盛りつけ方も全く違いますよね。そういう違いはどうして起こったんでしょうか。つまり、四季があるのは日本だけではないと思うのですが。

永山
それは島国と大陸との違いでしょう。韓国は歴史的に見ると他民族が入れ替わり立ち替わりやってきていますよね。その度にいろいろな影響を残していったと思うのです。その韓国からのいろんな影響が日本に伝わり、今でも残っています。

杉浦
昔は中国や韓国からいろいろな文化かが入ってきていますが、料理のスタイルは全く違うと思うのです。もちろん精進料理などは影響を受けていますけど。なぜこういう違いが出てきたのか、そのあたりのことはどのように思われますか?

永山
日本の料理というのは海からきたものです。韓国の料理は大陸からきたものでしょう。日本は魚文化ですね。四季それぞれに捕れる魚の種類が違い、そして料理の仕方も変わってきます。この集大成が日本料理の中心ともいうべき魚料理なんです。韓国の料理は視線が海にあまり向いていないように思われるのです。シベリア・蒙古の影響も受けていますね。韓国は中国の影響を受けて動物性たんぱく質が中心です。しかも、内臓も全部食べますね。日本の場合は同じたんぱく質でも、魚系の動物性たんぱく質ですね。韓国料理の辛みのもとである唐辛子は、中南米原産です。日本では戦国時代の終わりごろ入ってきたと思います。あれだけ辛いと素材の味は殺してしまうと思うのですが、日本の場合はマイルドに七味とうがらしにする。日本の料理にはその方が合のです。七味は唐辛子の辛みを七倍に薄めるということですね。

杉浦
日本の香辛料で山葵が筆頭に揚げられますが、同じ辛いといっても唐辛子とはまた違います。唐辛子は強烈に残りますけど、山葵は辛くてもさっと引きますから。

永山
生魚を食べる時に山葵を食べることが多いですよね。生魚を食べてしまえば、その辛みは邪魔になるわけです。早く抜けないといけない。山葵の辛みは消滅するのが早いですからよく合うのです。風土の違いもあるでしょうね。

 
料理と環境問題


永山
江戸前の料理をこれからも日本人が楽しもうと思えば、環境を大事にしなくてはならないですね。海を大事にしなくてはなりません。海というのは山から流れてくる水によってサポートされています。だから山を大切にしなくてはなりません。こういうことを考えると、料理というのは環境問題でもあるのです。これからどうなるか分かりませんが、昔の素材がおいしかった時代と同じような環境になれば嬉しいですね。

 
味付けについて

杉浦
今、日本全国関西料理のようなところがあります。東北にいっても京料理というのはあります。しかし、武士が食べていた会席料理のような江戸料理はいまはない。

永山

京料理に戻ったんだと思います。なぜ戻ったと思いますか?

杉浦
戻ったんですか?全国的に関東料理がおいやられて関西料理が征服してきたように思っていましたが。

永山

時代の変化で、関東的な味付けがよくないと分かってきたんだと思うのです。それで、京料理にシフトしてきた。

杉浦
もともと関東の人は京料理を食べることはあったのですよね。当然。京料理にかえったということではなくて、完全に関西料理を選んでしまったのか選ばざるを得なかったのか。

永山
上方の味付けは薄味ということがいえると思います。なぜそこに戻ったか、戻ったというより、そっちの方が優勢になってきたと思いますか?

杉浦
素材の味を生かした方を好んだということですか?

永山
それは結果でしょう。日本人全体が公家さんのようになってきているからではないでしょうか。公家さんというのは自分であまり体を動かさない。誰かが作ったものを食べるだけ。作る方もそういう傾向を知っているから、それに合わせて作る。噛まなくてすむもの、やわらかいものが多い。すると、あごが退化する。つまり、日本人全体が体を使って汗をかかないから、塩味に対応できなくなってきたのです。それで塩分を控えるようになる。そうすると素材のうまさが分かってくるはずですね。今、そういう時期だと思います。
塩分は厚生省のガイドラインによると1日10g以下にしようといっていますが、13gくらいは取っています。公家さんなどは6gくらいではなかったかといわれています。体を動かさない人はこれくらいが健康にいいのです。塩分が高いと血圧が高くなる。心臓に負担がかかるので健康によくない。こういうことから、京料理的な薄味文化を嗜好するようになったのでしょう。ハンバーガーにしてもコンビニエンスストアーの弁当にしてもやわらかいものばかりです。
以前、神奈川歯科大学の先生と、日本人がどのくらい噛まなくなったかを実験したことがあります。今の日本人は口の中に入れたものを10回前後しか噛みません。徳川家康の時代の料理を再現して食べてもらうと、30回くらい噛んでいました。よく噛むということは、頭の老化を防ぐのにも役立ちます。

 
料理と健康


永山
今までグルメ一辺倒だったのが健康思考になっていっていますよね。高齢化の影響でしょうか。
アメリカのシンクタンクが50年後の人類の平均寿命を予測したデータがあります。そのときも日本がトップで男女とも93歳だというのです。現在、女性が84歳で男性が77歳ですよね。93歳まで生きられる可能性は2/3だそうです。逆にそこまで生きられない可能性は1/6くらいだろうと予測を立てたのです。今現在の食生活と医療技術の水準の高さを計算して出した結果だと思うのですが、今の若い人たちはそんなに長く生きられないと思います。むしろ、短命になるでしょう。彼らは買い食いが多く、甘味の強い清涼飲料水をよく飲む。しょっちゅう食べたり飲んだりしているので、長生きできないと思います。日本人の今の十代はアメリカの十代よりもコレステロール値が高いというデータもあります。これから料理を学ぶ人は技術や感性を磨くだけでなく、歴史や健康も学ばなくてはならないでしょう。
これからは情報の時代です。単に食べ物を食べるのと、どうやったらおいしいのか、どういう成分が含まれているからどう料理して食べたらよいかを分かって食べるのとは、全然違うと思います。そういう情報を持っている人は健康管理がうまくなるはずです。これから医療費の自己負担も老人医療費も増えます。今後、どうやって健康で長生きするのか大きな問題です。こんな中、ひとつの出発点が江戸料理だと思います。
「食」というのは単に味だけではなく、健康維持という点でも大切になっていきます。これからは消費者に分かりやすい形で辻調理師専門学校さんも学校としてなんかの形で食がらみの新しい情報を提供していくことが大切でしょう。食材の見分け方を知っているわけですからね。社会的に役に立つ時代となっていきます。





江戸料理の本質に迫る




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