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 『南仏プロヴァンスの12か月』  ピーター・メイル



鴨のロースト


はじめに自家製のピザが出た。それも一種類ではなく、アンチョヴィ、キノコ、チーズの三通りで、どれも必ずひと切れは食べなくてはならないこととされていた。テーブルの真ん中に置かれた二フィートはあろうかという棒状のパンをてんでにちぎって皿を拭くと、次の料理が運ばれてきた。ウサギとイノシシとツグミのパテ。豚肉の角切りをマールブランデーで味つけしたテリーヌ。コショウの実の入った大きなソーセージ。新鮮なトマト・ソースに泳がせた甘みのある小さなタマネギのマリネ。これを平らげてまたパンで皿を拭くと、今度はカモ料理だった。マグレを扇形に並べてうっすらとソースをかけたところはいかにもうまそうで、何やら洒落た新種の料理かと見紛うばかりである。実際、これほどの料理はそんじょそこらでお目にかかれるものではない。胸肉も脚もそっくりそのままで、まわりに天然のキノコをあしらい、濃い目のグレイヴィがまた格別の味だった。

やっと残さず食べきって、やれやれと椅子の背にもたれたのも束の間で、みんながまたぞろ皿を拭き、そこへ熱い湯気の立つ大きなキャセロールが運ばれてきた時には、私たちは驚きうろたえ、声もなくただ目を瞠るばかりだった。当家のマダムご自慢のウサギのシヴェ(シチュー)で、ほんのひと口という私たちの哀訴もやんわりと笑って黙殺された。私たちはシヴェを食べ、さらにニンニクとオリーヴ油で揚げたパンとグリーン・サラダを食べ、山羊のチーズの大きな塊を平らげ、その上、娘さんが腕をふるったアーモンドとクリームのガトーを詰め込んだ。イギリスの名誉にかけて、私たちは食べた。
(池央耿 訳/河出書房)

●作者紹介

ピーター・メイル(1939年ロンドン生まれ)。大学卒業後広告業界に入り、成功を収めるが、1973年に発表した子供向けの性教育絵本『ぼくどこからきたの?』のヒットを機に文筆業に転じる。86年秋に南仏へ移住。そこでの生活を描いた『南仏プロヴァンスの12か月』(1989)は同年のイギリス紀行文学賞を受賞し、欧米諸国や日本にプロヴァンスブームを巻き起こした。主な作品は他にエッセイ『南仏プロヴァンスの木陰から』『贅沢の探求』、小説『ホテル・パスティス』『トリュフをめぐる冒険』など。

●作品紹介

『南仏プロヴァンスの12か月』

1989年発表のエッセイ。南仏に魅せられたメイル夫妻は、1軒の古い農家を購入して移り住み、改築工事にやってくる職人や近隣の農夫、市場の商人らとつきあいながらプロヴァンス流の生活を徐々に身につけていく。その1年間のできごとを月を追って12編のエッセイにまとめている。新しい暮らしのなかで日々生まれる驚きや発見とともに、プロヴァンスの四季の移り変わり、豊かな食事風景なども細かく描かれている。



冬のごちそう

ぬけるような空の青さ、木陰の深い緑、色とりどりの花や野菜、プロヴァンスには鮮やかな真夏のイメージがつきものですが、一方でそれからは想像できない季節もあります。1月、メイル夫妻がこの土地で初めて迎えた冬は最初こそ穏やかな日差しをふりまいていましたが、やがて厳しい寒さが訪れて人々を屋内に閉じ込めるようになります。そんなある夜、夫妻は近所の知人に夕食に招かれます。著者が「胃袋の容量を超える献立といい、かかった時間の長さといい」「生涯忘れることのできない食事」と述懐するその夕食の献立が上記の抜粋部分。このなかで、今回はメインの料理と考えられる鴨の料理を再現しました。

中尾祐子