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江戸っ子の気風のよさと料亭のはじまり

杉浦
その他、関西と比較して、違いはありませんか?

永山
江戸の人は気前がいいですね。関西の人っていうのは理屈に合わないお金は払わないところがありますよね。金を払った分だけ楽しみたいとか。江戸はそうではない。満足すればお金はいくらでも出します。見栄っ張りですからね。そうして遊びの要素とか楽しむ要素が出てきます。部屋・置物・庭などに凝るようになります。もっと贅沢になると一日がかりで料理を楽しみました。ゆっくりお風呂に入り、庭を眺めながらくつろいで軽くお酒を飲む。そのうちに料理が出てくるというように……。
江戸の人達は五感での楽しみ方を知っていたような気がします。大名というのは教養人で、江戸には彼らが全国から集まって来ます。家老などで長く江戸にいる者は、江戸流の金の使い方を覚えます。そういう中で料理屋が発達してくる。

杉浦
料亭というものはもともと関東の方が発祥ですか?

永山
いえ、上方でしょう。料亭というより、江戸の場合、小料理屋というか飯屋さんが出たのが、明暦の大火(振り袖火事)の後だといわれていますから。奈良茶めしに味噌汁かなんかがついたような簡単なもの。いわゆる座敷に上げて料理を食べさせるような料理屋さんは江戸がはじめかもしれませんね。会席料理のはじまりは江戸でしょうね。懐石は上方ではないでしょうか。そういえば、懐石の方が上品な感じがするでしょう。会席料理はどこでもやっていると思える。だから、懐石料理という看板を出す店がありますが、懐石はそもそもお茶事で頂く料理のことですから間違った認識ですね。

杉浦
上方は商人の町で、接待するときには料理屋が必要になってくると思いますが。

永山
最初のころは遊郭と料理屋とあいまいだったようです。料理屋でも女性が世話をするでしょう。文化・文政辺りではちゃんとした料理屋が出てきますけれど。

杉浦
最初の頃の料亭というのは、基本的にお酒を飲みに行くところだったんですか?

永山
気の合った同士でお酒を飲みながらおいしいものを食べようという場所ですね。

杉浦
そういう考え方が江戸時代もうあったんですね。

永山
ありました、ありました。いくつか繁盛する店が出てきて、そのうち得意客を持つようになり、それが大料亭になって行くんです。中期以降、ほとんど幕末に近いかもしれません。江戸屋敷の武士が支えたといってもいいでしょう。

 

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江戸料理の本質に迫る