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連載コラム パンのきた道
発酵パンが最初につくられたのは、古代エジプトと言われます。その後古代ギリシャ・ローマを経てヨーロッパ各地に広まり、さまざまなパンが生まれました。
このコラムでは、家庭でおいしく焼ける世界のパンと、それにぴったりの料理を合わせて紹介します。焼き立てのパンのおいしさを、朝食に限らず一日のいろんな場面でもっと味わってみてください。
フランスのパン・ヴィエノワ
フランス地図パンづくりの技術は、ローマ帝国の領土の拡大と共にヨーロッパに広まっていきましたが、帝国の崩壊と共に一旦はその発達が停滞してしまいます。その後、ヨーロッパでは12世紀頃から各地に都市ができ、人口の増加とともにパンの需要も増え、ローマ帝国滅亡以後、家庭や教会に引きこもっていたパン作りが再びパン屋の仕事として戻ってきました。
やがてパン屋は職人組合をつくり、領主の認可を受け、市場と社会的な地位を確保していきます。フランスやドイツの親方制度もこの頃からでき、子供や弟子が技術を継承していく仕組みがつくられました。
当時のフランスのパンの製法は、残し種を次の生地に加えてつくる発酵種法です。しかし、この方法では何回か繰り返すうちに種が老化して酸味が加わったり、発酵がうまくいかなくなるので、また種を新しく作るという不安定なものでした。
ビール酵母は普及していたようですが、フランスでは健康に悪いという理由で使用が禁止されていたので、パンの品質も中世を通してなかなか向上しなかったようです。
パン作りが近代化するのはまだずっと先の時代、19世紀初頭の機械化と圧縮イーストが現れてからのことです。


「ウィーン風のパン」という名前がついたフランスのパンで、1840年にオーストリア大使館員が祖国の上質なパンをパリのパン屋につくらせたのが始まりと言われています。当時としては酵母を使ったポーリッシュ法としう新しい製法でつくられたことと、ハンガリー産の上質な小麦の使用で中身の白いパンにできあがったのが評判になったそうです。
もともと素朴な生地でつくられたものが次第にリッチになり、現在では油脂、牛乳(粉乳)共に多く配合され、パン・オ・レ(ミルクパン)と区別がつかないくらいになっています。
合わせる料理は、皮をパリッと焼いたかさごのポワレに温野菜をたっぷりと添えました。あさりのジュースを使ったソースとパン・ヴィエノワの甘みがよく合うので、たっぷりとソースを含ませて召し上がってください。


このコラムのレシピ

コラム担当

レシピ パン・ヴィエノワ
レシピ かさごのポワレ

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