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辻調塾in代官山蔦屋書店:第4回トークイベント「今だから、辻静雄の話をしよう!《舌の世界史》」
2013年12月25日

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11月7日。
第4回目のトークイベント、辻調塾in代官山蔦屋書店が開催されました。

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今回復刊した辻静雄ライブラリーの「舌の世界史」の解説を
大岡玲さんにお願いしたご縁で今回のトークイベントでもお話をしていただくことになりました。

最初に、トークイベントでは恒例となった辻静雄の略歴の紹介。
生前、「一番大切なことは、自分が人にしてあげた親切は忘れなさい。そして、人にしてもらった親切はどんなささいなことでも、忘れず恩返しをするつもりで生きていきなさい。」と語った、他ではなかなか見ることのできない辻静雄の姿を映像をご覧いただきました。

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大岡玲さんは、
1990年に「表層生活」で芥川賞を受賞されている作家であり、現在は、東京経済大学の教授もされています。食関連のエッセイなども多く書かれており、現在も食文化誌に「主人公は何を食べたか」という連載を執筆されています。


まず、大岡さんと辻静雄との出会いからお話いただきました。

大岡さんのお父様が辻静雄と親交があったことから
お若い時に、辻静雄の食事会に招かれたという大岡さん。

「まだ、30歳になるかならないか。物書きになったくらいでした。こんな若造が食事会に招いていただけたのは、父が、静雄先生と仲が良かったからです。食を考える上で、この経験は貴重でした。普通では、ありえない経験でした。今でも、そう思います。ですから、あんまり親孝行はしていませんが、このことは父に感謝しています」。

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その食事会で、大岡さん印象に残っているのが「コンソメ」だったと話します。


「静雄先生は、コンソメをひとつとっても、さっと席をたって、ラルースの大事典をもっていらっしゃって、作り方や手順を丁寧に教えてくださいました。その時のコンソメがドゥーブルの濃いコンソメだったと思うのですが、とても美味しいと思ったんですね。なんだこりゃ?!(笑)と、思うくらい」。

「ところが、静雄先生が、んっ?という顔をなさって、調理をしている辻調の先生にちょっと来てと、声をかけているんです。辻調の先生も、神妙な顔つきで静雄先生のところにくるわけです。『これ、100点だけど、もうちょっといけるよね』と、おっしゃって、ご自身が厨房に消えられると、ものの5分としないうちに新しいコンソメがサーブされたのです」。

「静雄先生が直していらっしゃったコンソメを飲むと、べろ~んと胃袋が全部おおわれる感じなんです。食道まで、舌になったような、なんだこれ?!何を直したの?という感じです。すると、にこっと笑って、『ちょっと、胡椒の量を変えた』と、おっしゃって。それだけのことであんなに美味しくなるんだと思いました。そんな驚きは、それ以外ありませんし、それ以降そんなコンソメは飲んだことがない」。

「確かに料理学校の校長先生で、自ら料理の修行もされてはいますが、とはいえ、その時、学校で教えている一番いいという先生が作ったものを、ちゃっと直してあんなに美味しくする。そういう髪の毛一筋のようなことをなさっていることがわかり、(料理における)名人芸みたいなものをみることが出来て、よかったと思います」。

その後、大岡さんは、ものを書く上で、助詞一つの使い方で文章がかわる。そういうことを意識しなければならないと、そのことによって教えられ、また大岡さんに対する接し方に「根っからの教育者」である辻静雄を感じたそうです。


話は、本題「舌の世界史」へと移り、

「舌の世界史」というタイトルから想像していたのは、とてつもないクロニクルで、古代ギリシャから歴史的にすごいことがズラーっと、全部が網羅されているように思っていた大岡さん。


しかし、それにしてはも本の厚さはそれほどでもない。

これは「舌の世界史」なのだろうか?それとも、エッセイ?

という疑問が生まれました。


そして、大岡さんが気づいたのは、非常に出だしが小説的であることでした。

「レストラン『ピラミッド』がでてくるくだりでは、あきらかに、プルーストの「失われた時を求めて」を意識して書いているのがわかる。それは、「舌の世界史」がプルースト的に時間を扱うことを示しているのです」。

この本は、読み返すうちに、辻静雄の思考がわかっていく本だと、大岡さんはおっしゃいます。

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「料理史的な意味合いで語りながら、タキシードを借りに行くところでは、おなかがでていてあう服がなく、砂をかむような思いで晩餐会にいったことが書いてあったり、疎開先での進駐軍のバターの香りや、学生時代のラーメンの匂い、フランス以外を旅行したときに、出会ったカップルが見事にメニューを注文したときに感嘆したことなどが書かれている」。

「辻静雄という人は、自分が経験して、見て受け取ったものでしかフランス料理の歴史を語ることはできない。と思っていたのはではないか。自分の時間と対峙して、語らなければ意味がないと考えていたのではないか。と思います」。


さらに、音楽に対する造形も深かった辻静雄は、料理のレシピと音楽の楽譜を比して、どちらも、再現するという点で、料理人と音楽家との共通点があり、ただ手順を記載しているだけではなく、5分で消えてしまうという芸術をどう再現するか。他のものをうけとれるだけのものがないと、音楽と同じように料理を(本当の意味で)再現することは難しいのだと教えています。


「学校を経営し、学問的なものもして、何やってもふつうの人の倍どころじゃない。いろいろな観点で、多面的な辻静雄がつまっている」と、辻静雄を、そして、この「舌の世界史」を振り返りました。

そして、さらに、辻静雄が、なぜ?フランス料理を定着させようとしたかを理解する助けになる本として

「美味礼賛」をあげられました。


ヨーロッパからフランス料理を、輸入する際には、あきらかにキリスト教の問題が横たわります。

「美食」というものの宗教的な意味合い。快楽として扱うことへの罪の意識。

歴史的にみて、日本で美味しいと評されるのは、通の文化。江戸時代にお相撲から発達した番付文化は、基準があるわけではなく感覚が重視される。理念がなく、食べ手の収斂に依拠し、美食学みたいなものがなかった。

一方、フランス料理の美食は、食べるということへの罪の意識から、ブリア・サヴァランの「美味礼賛/味覚の生理学」のように、学問としてフランス料理を考えることで神への弁明を果たしていたと考えられるのです。

日本でフランス料理を根付かせようとするとどうしてもこの問題がひっかかってくる。
美味しいからといって、ただレシピや技法をもってきただけでは、根付かない。そのことに対する教育者としての辻静雄の葛藤や苦労がありました。

しかし、辻静雄没後、日本のフランス料理は辻静雄以前に戻ってしまった。
と、大岡さんはいいます。

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「静雄先生は、本当の意味でのグローバリズムを体現なさっていた。だからこそ、時には、いらだちをかかえながら、『本物をご存知ですか?』と少し意地悪な表現でいいたくなることもあったと思います。辻静雄を教科書的に読んではいけない。その中に、ヒントとして出してくれていることが山ほどあります。納得して終わりではなく、発展のなれどこなのです。つまりは、何か自分自身を違う世界に連れて行くだけの経験を積み、彼が日本にもたらそうとした、それらをひろってどう展開するか、料理をするか。それを、私が(ほかのみなさんも含めて)どう発展させていくかが大切なのだと思います」。


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実際に辻静雄を知る大岡さんならではのお話や、また文学的な表現にこめられた辻静雄の料理に対する想いにふれ、あらためて考えさせられ、また読み返してみたくなる貴重な時間となりました。

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