REPORT

代表 辻芳樹 WEBマガジン

サンティ・サンタマリア[第1回]

Chef’s interview

2008.11.07

聞き手:辻芳樹(辻調理師専門学校 理事長・校長)
11月の<今月の顔>はスペインの三つ星レストランのオーナーシェフの登場です。聞き手は辻校長。このインタビューは辻校長の最新著作『美食のテクノロジー』のベースとなっています。サンティ・サンタマリア氏が自らの料理哲学とその生成、また現在のスペインの料理業界のこと、メディアと料理人の関係についてなどを率直に語ってくれています。

■"旬のアスパラガスのオムレツ"は紛れもないクリエーション■

●あなたの料理のベースとなっているカタルーニャ料理とはいかなるものなのでしょう?そのアイデンティティは技術にあるのでしょうか、それとも素材にあるのでしょうか、あるいは双方にあるものなのでしょうか?
 カタルーニャ料理にはカタルーニヤの歴史、土地が反映しています。海から山まで狭い土地に多くの人々が暮らし、いろいろな影響を受け、そして、変化があります。市場にはこの風景がしっかりと反映されています。このように変化に富んだ市場からの素材を使った料理だと言えます。

●サンタマリアさんの料理において大変興味深い点はカタルーニャ地方にしっかりと根ざしながらもそれを俯瞰的に見て進化させ、次いでそれを一旦自国に戻して、伝統的な料理と融合させてできあがっているところ、いろんな影響を受けながらしっかり地についた料理であるところだと思うのですが...。
 その通りです。私はいつも自分の土地に戻ってきます。外国の料理などをいろいろ見ながら、様々な料理に影響を受けながらも、カタルーニャの感覚で、常にカタルーニャの地に足をつけた料理を作っているのは確かです。 でも、「これでいいのだろうか」と自問する毎日でもあるのです。マドリッドで今流行りの料理を作った方がある意味簡単なのに、現在の私のようにあくまで自分の個性を貫いた料理を作っていて大丈夫なのか、という思いはいつもどこかで持っています。というのも、私は家族や友人のために料理を作っているのではなく、生活のために、商売として料理を作っているからです。お客様から代金をいただかなければならないし、何よりもお客様に私の料理を食べに来ていただかないとならないからです。しかし、最近のお客様はメディアに影響されがちな傾向があって、メディアで目にした流行りの料理を期待され、私の料理に満足しないこともあり得るからです。

●ご自身が自分の作る料理に納得できないのはどういうポイントですか。それは味覚の問題でしょうか。
 私にとって最も大切なのは味です。目を閉じて食べて、美味しいか、美味しくないかが重要なのです。問題はカタルーニャ人がデザインへの思い入れ、現代美術への思い入れが飛びぬけて強いということです。もちろん我々の歴史の中にはロマネスク美術もあるのですが、その厳格さ、それを支える力を理解するものは今やほとんどいません。 料理に関して言いますと、今日、とりわけ若い世代になると、一目で印象に残るような、写真に映えるような、見た目が中心の料理を作る傾向がありますが、その料理には内側から心に訴えかけるものがありません。日本料理、ペルー料理、タイ料理、中国料理、スウェーデン料理と様々な国の料理から気に入ったパーツをとってきて、混ぜ合わせた、まるでカクテルのようなもので、それは心で作られた料理でなく、ただ写真のための料理になってしまっています。もし料理というものがどのような歴史を持ち、現在に至るまで進化してきたかを理解することなく、このような料理を再現することに終始していると、本当に自分の個性を出した料理を作ることはできなくなるように思えます。

 私の料理を理解してもらうためには、私が農家に生まれ、5年前に亡くなった父とずっと一緒に牛を飼い、農家の空気の中で暮らしてきたこと、まさに"テロワール"としっかりと関わりながら生活し、そして、農家の人たちとの密な交流の中で料理を作ってきたことを理解していただきたいのです。
 農家の人たちが日常に食している素朴な料理からまた彼らが運んでくる産物からも多くのインスピレーションを得てきました。
 しかし、ここ15年ほどの間に以前は収穫できていたキノコ類が採れなくなったり、収穫できる産物に変化が生じてきています。今後10年、あるいは15年でこういった産物が完全に姿を消してしまう恐れもあります。そのようなことになれば当然料理自体も変わらざるを得なくなるでしょう。
  先日あるジャーナリストに「カタルーニャ料理で一番好きなのは何か」と質問されたので、「春の野生のアスパラガスを使ったオムレツ」と即答しました。やはり市場の料理、季節の素材の料理こそ最も素晴らしく、私はそうしたものの価値を今も信じているのだと、改めて感じました。
 でも実際にはどうでしょう?もし私が非の打ち所の無いアスパラガスのオムレツを作り、お客様に出したとすると、それがどれほど素晴らしいオムレツであったとしても、お客様は「わざわざアスパラガスのオムレツを食べに高級レストランに来たのではない」と仰るでしょう。
 どうして非の打ち所のないアスパラガスやトリュフのオムレツを高級レストランで食べることが人々にとって喜びにならないのでしょう?それはきっと"クリエーション(創造)"ではないと思われるからではないでしょうか?最高品質の卵を使い、本物の旬のアスパラガスをフライパンで炒めておき、完璧な塩加減で作られた究極のオムレツ。どうしてそれに感動しないのでしょう?
 現代の人々は野生のアスパラガスのオムレツがまさに料理のクリエーションそのものであることが理解できないのです。

●10年ほど前から料理人とお客の間に遊びがなくなってきて、お客が皿の上に求めるのは商品になってきています。
 その通りです。でもどうしてオムレツでは駄目なのでしょう?

●かつては同じレストランに1週間毎日訪れると毎日異なる料理を食べさせてくれたのですが、今は3日間通うと3日間とも同じ料理が提供されることがほとんどです。
 そうですね、メニューを構成する料理の数が少なくなっていますから。それに、現在のミシュランの星の評価を持つレストランのシェフたちはリスクを負うことを恐れていると思います。ここで注意していただきたいことは現代の料理人にとってのリスクとは、複雑で凝った、写真向きの料理を作ることではなくて、その土地に伝わってきた、素朴な料理を作ることだということです。なぜテロワールに根ざした料理を作ることがリスクになっているかというと、常に「新たな」料理を求めるメディアの影響があるからではないでしょうか。そして、メディアなしには自分の存在を認められないと思い込む傾向があるからではないでしょうか。

Restaurant 『El Raco De Can Fabes』
Saint Joan 6 Saint Celoni,08470 Barcelona, Espagna
+34-(938)672 851

次回は〈シェフズ・インタビュー:サンティ・サンタマリア〉 [第2回]です。お楽しみに!