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食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】世界的に有名な白ワイン「シャブリ」を求めて...ワインに込められた職人の熱き想いとは

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2016.07.06

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>


ワインに興味がある方なら、「シャブリ Chablis」という名前を一度は耳にした事があるかと思います。フランス産の白ワインとして、最も名が知られているものの一つではないでしょうか。
私自身、ワインは好きですが専門的に学んだことはなく、シャブリのワインはこれまで何度か口にした事はあるものの、あまりはっきりとした印象は持てていませんでした。
そんな、ワインに関してはほぼ素人の私に、季節外れではありましたが、実際にシャブリの地を訪れる機会がありました。そこで、これまで抱いていたイメージが一変するようなシャブリに出会い、またそれらの作り手の方からお話を伺うという貴重な機会を得る事が出来ました。
今回は、初めて知った「シャブリ」の新たな魅力についてご紹介いたします。

シャブリを生産するシャブリ地区は、フランスのブルゴーニュ地方の最北端にあたるヨンヌ県に位置し、パリから160km、ディジョン市から160kmという、2つの都市の丁度中間点に位置します。
地区を代表するシャブリ村の人口は2600人ほどで、すり鉢の様な窪地にあり、その周辺は360度ぐるりとブドウ畑に覆われた丘で囲まれています。気候は全体的に大陸性気候で、ブルゴーニュ地方の中で最も寒い地域です。生産地域は大きく4つに分けられ、様々な条件によって等級が決められます。(注1)

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シャブリの地形がよく分かる看板。濃い赤色のグラン・クリュから、黄色のプティ・シャブリまで色分けされており、グラン・クリュの面積の希少さが見てとれる。左下には日本語での解説もあった


土壌は石灰岩質で、かつてこの地域が深い海であった時代の名残で、貝殻、特に小さな牡蠣の貝殻の化石を多く含んでいるそうです。このためシャブリの土中には牡蠣の化石由来のミネラル分が多く含まれており、シャブリは生牡蠣との相性が良いワインという定評があることはよく知られています。

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シャブリの土壌


シャブリに滞在して何軒かのドメーヌ(ワイナリー)を訪問した中に、シャブリの中でも人気が高いと聞いた、ご夫婦で経営されている『ドメーヌ・アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール Domaine Alice et Olivier De Moor』がありました。このドメーヌは、シャブリの中心街から車で南西へ約10分程のクルジ Gourgisという村にあります。

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(左)クルジ村入口の標識
(右)入口は非常にこぢんまりしている


オーナーであるオリヴィエ・ド・ムール氏から、直接お話を伺い、試飲させて頂く機会を得ました。

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(左)ド・ムール氏。穏やかな表情の中に熱い信念を持つ
(右)醸造所内でド・ムール氏から説明を受ける。入口からは想像出来ないほど綺麗な内部


ド・ムール夫妻はともに代々ワインを作っている家系の出身ではありませんが、それぞれ大学で専攻された醸造学や、生育環境でのブドウ栽培経験という共通項を持ち、1994年にご自身のドメーヌを創設しました。試行錯誤を重ねながら現在も多くのシャブリを生産し、その品質の高さからフランス国内外で高い評価を得ています。(注2)

今回私達は5本のシャブリワインを試飲させて頂きました。
以下、順にそれぞれの銘柄の味わいを紹介していきます。ワインには詳しくない私ですが、料理人と言う職業柄、ワインの味わいを自身の身近な食材などに例えて記録してみました。また、試飲を進めるうち、料理との相性などにも自然とイメージが湧いてきました。


ブルゴーニュ・アリゴテ Bourgogne Aligoté 2014
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まずリンゴの様な甘い香りがし、口に含むと、爽やかな甘い柑橘系の味が口の中に広がります。少し、ナッツをローストした様な余韻も感じます。
人参のサラダやゼリー寄せ等、あっさりした前菜との相性が良さそうです。食前酒としても受けがよさそうな一本です。


ブルゴーニュ・シトリー Bourgogne Chitry 2014
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ユリの様なさわやかな香りがし、口に含むと、レモンやグレープフルーツの様な柑橘系の酸味を感じますが、とても優しい酸味で、甘味も伴っている為、とても飲みやすい印象です。
こちらは蟹やエビ等といった甲殻類の冷たい前菜、またパテとも相性が良いと思います。


ル・ヴァンダンジュール・マスケ Le Vendangeur Masqué 2014
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マスカットの様な甘い香りが微かにしますが、口に含むと、まるでべっこうあめを舐めているような甘さを感じます。その中に柑橘系の爽やかな酸味も感じます。3本目にして、飲んだ後に来る独特な飲みごたえが、シャブリ土壌の特長である「ミネラル感」からくるものである事に気付きました。
こちらも前菜との相性が良さそうですが、どちらかというと、茹でアスパラガス等の温野菜、アサリ、ムール貝等の酒蒸しと相性が良さそうです。


リュムール・ドゥ・タン・シャブリ L'Humeur du Temps Chablis 2014
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甘いユリ等の白い花の香りの中に、ほのかにディルの様な香草の香りも感じ取れます。一貫して、豊富な果実味、まろやかな酸味はもちろんなのですが、より一層ミネラル感を感じとる事が出来、飲み終えた後に口や舌に残る香りや、甘味といった余韻はこれまでのワインより、長く持続して楽しむ事が出来る一本です。
味、余韻がしっかりと楽しめる為、シンプルに焼いた魚や、ホタテ貝のポワレ、生魚(刺身、カルパッチョ)との相性が良さそうです。クリームソースや、バターソース等、味がしっかりしたソースとの組み合わせも良いでしょう。
個人的にではありますが、試飲したものの中で、このワインが一番「生牡蠣に合う」という、昔から言われるシャブリの特徴を持っていると感じました。


シャブリ・ベル・エール・エ・クラルディ Chablis Bel Air et Clardy 2010
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このワインは、試飲している際に話が盛り上がり「これも良いワインなんだ!」と特別に追加で開けてくださった1本です。
洋ナシや桃、更にグレープフルーツの果実系の甘い香りがします。これまでのワインより、粘度を感じ、蜜柑の皮の様な苦みも少し感じ取れます。粘度があるせいか、甘味がより強く感じられますが、バランスのとれた酸味と、豊富なミネラル分の調和を一層感じ取ることができます。
酸味と甘み、そして粘度がしっかりある為、フォアグラのテリーヌや、魚のムース等と相性が良さそうです。
ただ、抜栓してすぐの香りは良いのですが、時間が経過すると香りは飛んで、甘味も無くなってしまった為、少し冷たくした状態からグラスに開け、香りを楽しみながら早めに飲まれる事をお勧めします。


試飲の1本目から、これまで自分が飲んできたシャブリとのあまりの違いに衝撃をうけました。これまでシャブリに関して私が抱いていたのは「すっきり辛口」というイメージ。飲む時にも、特にそれ以上の味を期待する事はなかったように思います。
しかしド・ムール氏の手がけたシャブリを味わってみると、これまで自分が飲んできた多くのシャブリは「すっきり辛口」なのではなく、「薄く、酸っぱかった」のだ、と思えてきました。
これまでシャブリの特徴と思っていたのは、実は香りも味も薄く、飲み込んだ後の余韻も感じられない、ただ水の様に軽く酸味が強い味。果たしてそれを美味しいワインの味と言えるのかどうか...?

そのように私のシャブリに対する固定観念を完全に一新してしまうほど、ド・ムール氏のシャブリは豊かな味わいの宝庫でした。どれを飲んでも飲んだ後の余韻が感じられ、スッキリというよりは柑橘系のさわやかな甘味、香りがあります。
またトゲトゲしい酸味は一切無く、上質で円やかな酸味を感じ取れました。その上品さの中にシャブリという土壌がもたらす豊富で上質なミネラルが残されている為、シャブリらしさは残しつつ、まろやかで上質な仕上がりのものばかりでした。

ド・ムール氏のワインは決して高価ではなく、所有しているブドウ畑もシャブリ以下のランクです。それでありながらグラン・クリュや、プルミエ・クリュにも並ぶ味を作り出しています。決して格付けの高い地区で作っている訳ではないにも関わらず、なぜこのように優れた味わいのシャブリを作ることができるのでしょうか。

ド・ムール氏によれば、名声を不動のものとした有名ワイン生産地域の中には、その名声に溺れ、品質が伴っていないワインを産出してしまっている所もあるそうです。シャブリ地区においてもそれは例外では無く、過去、二度に渡る生産区域拡大を行った
結果、本当のシャブリの良さを見出せないワインが出回るようになりました。
また、ブランド化の一途をたどってきたこの土地のワインは、模倣され、化学物質の多用、機械化、大量生産など、楽をしてお金を稼げると考える生産者も多くおり、その結果、世界のワイン業界から「シャブリ」の名声を疑問視された事もあったとのことです。

そのような中、ド・ムール氏は、かつてのシャブリの名声を取り戻すべく、1990年後半から、原点回帰を目指したワイン作りに乗り出しました。品質を重視してブドウの収穫量を少量にとどめ、また栽培の際は化学物質の使用を控え、ワイン作りにおいても酸化防止剤を瓶詰めに少量加えるだけ...そして収穫は手摘みというスタイルを確立します。
一部生産者を除いて、機械によるブドウの収穫が当然になっていた当時のシャブリにおいて、手摘みを行う夫妻は、周りから異端視されていたそうです。しかし、妻はそれが美味しいワインを作る為には当たり前の作業だとの信念を貫き、質の高いワインを作り続けて評価を得ていく事で、周りの生産者や、消費者の心を確実に掴んでいきました。
夫妻の作るワインラベルのいくつかにも、手摘み仕事の象徴である「収穫ばさみ」が誇らしげに描かれています。

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かわいらしい収穫ばさみのイラスト


今や作り出すワインによって世界から高い評価を受けているド・ムール氏ですが、手間ひまのかかる無農薬の有機栽培を実践し続け、本当に良いワインを消費者に提供したいという職人としての信念を持たれていました。
ド・ムール氏はこうもおっしゃいました。
「シャブリという名は世界的に有名です。しかし、その名にあぐらをかいて、いい加減なワインを作っている生産者が居るのも事実です。だって、シャブリという名前だけで売れてしまいますからね。しかし、私はシャブリの地で常により良いワインを研究し、提供し続けていきたい。シャブリの力、私達の力はこんな物じゃありませんよってね」
最後に冗談めかしながらも力強くおっしゃられたド・ムール氏のこの言葉は、深く印象に残りました。

シャブリの人気の作り手として確固たる地位を築き上げた現在でも、更なる高みを目指すド・ムール氏の職人気質の詰まったワインは、これからも高い評価を受けるに違いありません。

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出荷を控えるド・ムール氏のワイン


取材の帰途、ド・ムール氏に「シャブリで一番おいしいレストラン」とお勧めいただいたシャブリ村の中心街にあるレストラン『オゥ・フィル・ドゥ・ザンク Au Fil du Zinc』で食事をしました。

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レストラン内観
日本人シェフ長浜氏が指揮を執るレストランで、2015年のミシュランガイドで1つ星を獲得。
(写真はレストランのホームページより)


料理の素晴らしさもさることながら、ワインリストにシャブリのワインがズラリと並び、しかもリーズナブルである事が印象に残りました。さすがシャブリの地元だけありますね。

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(左)店のワインリスト
(右)オーナーの計らいで、ワインリストにない「シャブリ・プルミエ・クリュ・シャプロ Chablis Premier Cru Chapelot」を出してもらう。アカシアの花のような香りに、まろやかな柑橘系の酸味と甘みが合わさり、素材の味を大事にされているレストランの料理との相性は抜群

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(左)コース料理【1】 ヒラメの活〆
 シェフが活〆の方法を魚屋に教え、その方法でしめられたヒラメを使ったという料理。
 少し苦みのある葉と抹茶パウダーが添えられる。甘味のある魚と辛口のワインの相性は抜群
(右)コース料理【2】 鶏モモ肉のロールロースト
 付け合わせにはちりめんキャベツのバター和え。
 ローストの香ばしさ、付け合わせのバターの風味とワインの酸味と甘みが非常に合う

シャブリは世界的に知られたワインの生産地域ではあっても、その規模はとても小さく、決してきらびやかな所ではありません。しかし、その周りを囲むワイン畑、そしてその畑に込められたそれぞれの職人の思い。それを感じられるだけでも、このシャブリという土地を訪れる価値は十二分にあると思いました。

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シャブリ村入口の標識

今回お会いしたド・ムール氏の様な職人がいる限り、これからもシャブリという名はワインと共に世界で確固たる地位を築き続けて行く事でしょう。



取材協力店
『Domaine Alice et Olivier De Moor』
http://www.aetodemoor.fr/ (フランス語)

『Restaurant Au Fil du Zinc』
www.restaurant-chablis.fr

参考文献
『フランスAOCワイン事典』三省堂:出版、小阪田嘉昭:著

(注1)シャブリの畑の格付けは以下のようになっています。数字は、シャブリ地区全体に占める土地の面積です。
 (1) シャブリ・グラン・クリュ 2%
 (2) シャブリ・プルミエ・クリュ 17.5%
 (3) シャブリ 67.5%
 (4) プティ・シャブリ 13.0%
シャブリ地区全4000haのうち、もっとも格の高い「シャブリ・グラン・クリュ(特級畑)」は僅か98haとなっています。

(注2)ド・ムール夫妻のドメーヌや、作られているワインについては、こちらの日本語で紹介されているページをご覧ください。
http://racines.co.jp/?winemaker=alice-et-olivier-de-moor-3