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食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】ロレーヌ地方の金色の宝石"ミラベル"とその収穫を祝うミラベル祭り

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2015.10.07

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>


ロレーヌ Lorraine 地域圏はフランスの北東部、ルクセンブルクとの国境付近に位置し、「マドレーヌ Madeleine」や「ババ・オ・ロム Baba au rhum」など日本でも有名な様々なお菓子が生まれた、隠れた美食の地域です(注1)
そのロレーヌの特産物の一つに「ミラベル mirabelle」というフルーツがあります。ミラベルはプラムの一種で、実はやや小粒で黄色く、甘みとさわやかな香りが特徴。実の黄金色の色合いから"ロレーヌの宝石"とも呼ばれています。年間約15000トンのミラベルがロレーヌ地方で栽培されており、これは世界全体の生産量の70%にもなるそうです。(注2)

収穫されたミラベル
収穫されたミラベル

日本ではフレッシュの状態で目にする機会がほとんどないミラベルですが、それはこのフルーツがとても"繊細"であるためです。表皮が薄く、実質もとても柔らかいため、長期保存や長距離の輸送が難しく、生産されたもののほとんどがフランス国内で消費・加工されるそうです(全生産量のうちわずか25%がフレッシュで食べられ、残りの75%は加工されます)。またミラベルの旬は夏の終わり8月末から9月初頭と大変短く、本当にこの時期にしか食べることのできない特別なフルーツです。

ミラベルがロレーヌ地方の特産物となっている背景には、この地域独特の気候があるといわれています。ミラベルの実が成長するためには夏の時期の寒暖差と雨量がとても大切になりますが、ロレーヌ地方の気候はミラベルの実が付き始める初夏には夜間の気温が低いのに対して日中はしっかりと太陽が出るため、昼夜の寒暖差は25℃以上にもなります。この寒暖差が、丸々と大きな黄金色の実をつけるのに必要なのだそうです。

ミラベルの木 たわわに実を付ける枝
(左)ミラベルの木
(右)たわわに実を付ける枝

色づき始めた実
色づき始めた実


ミラベルは、品質の高さを維持するため、I.G.P.(注3)やラベル・ルージュ(注4)など様々な保護認証制度で守られています。

毎年8月末にロレーヌ地域圏の首都メッス Metzで行われる「フェット・ドゥ・ラ・ミラベル Fêtes de la Mirabelle(ミラベル祭り)」は、ロレーヌを代表するフルーツであり、限られた期間でしか味わえないミラベルの収穫を祝い、楽しむお祭りです。

観光案内所に大きなポスターが! こちらは昔のポスター
(左)観光案内所に大きなポスターが!
(右)こちらは昔のポスター

今年のミラベル祭りは65回目となり、ロレーヌ各地からたくさんの人が集まりました。ミラベル祭りの開催期間は2週間の長期に渡りますが、メインとなる8月最終の土日には、様々なミラベルに関するイベントが行われます。

町中ミラベルだらけ photo8
町中ミラベルだらけ

ミラベルの加工品を集めたマルシェ(市場)はロレーヌ地方各地から様々なミラベルの加工品やミラベルの受粉には欠かせない蜂の蜂蜜加工品などが並びます。

ミラベルの加工品
ミラベルの加工品

シンプルにパート・ブリゼ(注5)にミラベルを並べて砂糖をかけて焼き上げたタルトや、バターたっぷりの生地と一緒にミラベルを焼き上げたケーキ、シュケット(シュー生地のお菓子)やマカロンなどもありました。どのお菓子もシンプルな作りで、ミラベルの爽やかな酸味や甘みがアクセントになっていました。

ミラベルのタルト ミラベルのシュケット
(左)ミラベルのタルト
(右)ミラベルのシュケット


フレッシュで食べる以外にも様々なお菓子に加工され、ロレーヌのお菓子屋さんやエピスリー Épicerie(食料品店)などで見かけることができます。

ミラベルのリキュールの入ったマジパン ミラベル入りのキャラメル
(左)ミラベルのリキュールの入ったマジパン
(右)ミラベル入りのキャラメル

ミラベルのパート・ド・フリュイ ミラベル入りのマドレーヌ
(左)ミラベルのパート・ド・フリュイ
(右)ミラベル入りのマドレーヌ


マルシェで売られているミラベル加工品の中には、ミラベルのリキュールを混ぜたミラベルビールも。

炎天下の中ミラベルビールで乾杯!
炎天下の中ミラベルビールで乾杯!ビールの苦みにほんのり甘酸っぱさがアクセントに

ミラベル・ネクター(ミラベルジュース)を作る時に使う珍しい機械(遠心分離によって皮と種を取り除き、果肉とジュースを取り出す)の展示もあり、実演を見る事ができました。

自動の遠心分離機。 中はこんな感じです
(左)自動の遠心分離機。上からミラベルを入れ、グルグルと回すと下からジュースが出てきます
(右)中はこんな感じです

ミラベルを原料とした加工品にはアルコール飲料が最も多いそうですが、中でもオー・ドゥ・ヴィ Eau-de-vie(蒸留酒)の生産量が最も多いそうです。ロレーヌのミラベルのオー・ドゥ・ヴィは1953年にA.O.C.(注6)に認定されている、とても品質の高いものです。
使用するミラベルは種類が決められており、くるみ大の大きさになるグロス・ドゥ・ナンシー Grosse de Nancy種、およびそれより小さいプティット・ドゥ・メッス Petite de Metz種だけがA.O.C.用の原料フルーツとして認められています。成熟した実を醗酵させてから蒸留し、アルコール添加はしていません。だいたい5〜6年以上樽熟成させてから出荷するものになります。
醸造元では木の樽で熟成させたものやステンレスの樽で熟成させたものなど、様々な種類のオー・ドゥ・ヴィを試飲させていただきました。一口にオー・ドゥ・ヴィといっても熟成年数や、熟成に用いる機材の種類によっても香りが全然違うことに驚きました。木の樽で熟成したものは香りに深みがあり、ステンレス樽製のものはすっきりとした香りであることなど、試飲をしてみてたくさん発見がありました。

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お菓子作りにはストレートにミラベルの香りが出るステンレス樽製のオー・ド・ヴィが向いているそうです

このオー・ドゥ・ヴィはフロマージュ Fromage(チーズ)にも使用され、表面を洗って作られたウォッシュタイプのフロマージュがあります。試食してみると、ほんのりとミラベルの爽やかな香りがしました。

隣には使用したお酒が一緒にディスプレイされています
(左)"Mirabelle"と表示が
(右)隣には使用したお酒が一緒にディスプレイされています

また旬の間は、フレッシュな風味や酸味を活かし、料理の材料としても用いられます。
フォワグラにミラベルのコンフィ(軽く煮たジャムのようなもの)が添えてあったり。

フォワグラと共に
フォワグラと共に

鶏肉や豚のもも肉のコンフィ(油に漬けて火を通したもの)とミラベルを一緒に煮込むと、肉類がとても柔らかくなり、さらにミラベルの酸味がアクセントになって、とても食べやすくなります。


鶏肉と一緒に 豚もも肉と一緒に
(左)鶏肉と一緒に
(右)豚もも肉と一緒に

レストランの方に伺ってみると、ミラベルの採れる地域では、家庭でもこの時期になると料理にミラベルを使用することがあるとおっしゃっていました。メッスの町のレストランでも"ロレーヌ地方料理"とうたっているところではミラベルを使った料理を見かけることもありました。短い旬の時期、ロレーヌ地方ではミラベルを甘いものから塩味のものまでさまざまな形で楽しむのですね。

お祭りのイベントとして、ミラベルを使った料理のコンクールも行われていました。今年のコンクールは「ミラベルを使ったヴェリーヌ Verrine(注7)」がテーマ。料理人・パティシエが会場内で500食分のヴェリーヌを仕上げ、会場の見学者に提供し、投票数で優勝を決めるというイベントでした。

この小さなブースで500食を仕上げます たくさんの試食の参加者たち
(左)この小さなブースで500食を仕上げます
(右)たくさんの試食の参加者たち

パティシエールである私にとっても興味深い食のイベントですので、もちろん試食に参加し、投票してきました。ファイナリストの手によるヴェリーヌは食感や香り、口溶けが多種多様で、さまざまな香辛料やハーブなどの使用で個性を発揮しつつも、ミラベルとの相性を計算して作られた味わいのものばかり。どれに投票するかとても悩まされました。

ファイナリスト4人のヴェリーヌ 気に入った色のメダルを投票
(左)ファイナリスト4人のヴェリーヌ
(右)気に入った色のメダルを投票

そしてメッスの町がミラベルの黄色一色となるパレードは、ミラベル祭り最大のハイライトです。

今回のテーマは世界各国 photo30
今回のテーマは世界各国

パレードの最後列には、ミス・ミラベルコンテストの優勝者である「レーヌ・ドゥ・ラ・ミラベル Reine de la Mirabelle」(ミラベルの女王)を筆頭にコンテストの入賞者が華やかな衣装でお祭りに華を添えます。

ミラベルの女王と入賞者たち
ミラベルの女王と入賞者たち

この取材でロレーヌ地方のいろいろな方々と出会い、ミラベルについてお話をうかがいましたが、皆さん一様にミラベルを「欠かせないもの」とおっしゃっていたのが印象的で、いかにミラベルを地元の人々が愛し、誇りに思っているかが伝わってきました。もし機会があれば、夏のバカンスが終わりかけた頃、ぜひロレーヌ地方まで足を運んで"ミラベルづくし"な旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。

(注1)元ポーランド王であり、フランスへ亡命後ロレーヌ地方を治めていたスタニスラス・レクチンスキーによって生まれたお菓子たち。美食家の彼によって様々な料理やお菓子がこの地域で生まれた。
娘マリー・レクチンスキーがフランス王ルイ15世に輿入れした際にベルサイユにマドレーヌを持ち込み、パリで流行となりロレーヌからフランス全土に広まったとされている。
(注2)残りの30%はフランスのアルザス、プロヴァンス、アジア圏内で生産されている。
(注3)I.G.P.:Indication Géographique Protégée(地理的表示保護) 欧州レベルでの原産地表示保護。地理的領域に密接に関わりを持つ農産物および食品に認定される。すくなくとも生産、加工、調理のいずれかが地域内で行われる必要がある。ミラベルがI.G.P.の認定を受けたのは1996年で、果物としてのI.G.P.認定はヨーロッパで初めてであった。「実の直径が22mm以上である事」などの厳しい規定が設けられている。
(注4)ラベル・ルージュLabel Rouge:1960年より導入された優れた品質の公式保証。他の類似品と差別化をはかるものである。農業省によって提供され、生産から加工まで、定期的に独立した機関によっての監視が入る。バゲットや肉、卵、様々な野菜や果物など幅広い品目に及ぶ。
(注5)パート・ブリゼ Pâte brisée:練り込みタイプのパイ生地。折り込みタイプに比べ簡単なため、フランスの家庭料理で使用されることが多い。
(注6)A.O.C.:Appellation d'Origine Contrôlée(原産地呼称統制) フランス独自の制度であり、その品質および特性が自然や人的要素を含む地理的環境に起因する製品を指定する表示。現在少しずつヨーロッパの表示であるA.O.P.(原産地呼称保護)に移行されつつある。
(注7)ヴェリーヌ Verrine:グラスなどに入っているデザートのこと。

〈参考文献〉
「La Lorraine Gourmande」 Jean-Marie Cuny著
「Gastronomie en Lorraine〜Histoire,terroire et traditions」 Philippe Masson著
「フランス食の事Encyclopédie de la Gastronomic Française」白水社

〈取材協力〉
「La Maison de la Mirabelle」(ミラベル博物館)
16,rue du Capitaine Durand 54290 ROZELIEURES
HP:http://www.maisondelamirabelle.com

「Restaurant Le Mirabellier」
6,rue du Faisan 57000 METZ

「Restaurant L'Excelsior」
50,rue Henri Poincare 54000 NANCY

「Distillerie MAUCOURT」
2,rue des Vignerons 57420 MARIEULLES-VEZON
HP:http://www.distilleriemaucourt.fr/?langue=fr