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代表 辻芳樹 WEBマガジン

辻調塾in代官山蔦屋書店:第7回トークイベント「今だから、辻静雄の話をしよう!《料理に「究極」なし》」

講演・シンポジウム・イベント

2014.03.18

昨年の7月から始まった、辻静雄ライブラリー復刊プロジェクトに伴うトークイベント、辻調塾in代官山蔦屋書店もとうとう最終回となりました。偶然にも、トークイベントの最終回が開かれた2月13日は、辻静雄の81回目の誕生日でした。

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7冊目は、辻静雄の没後、遺稿集としてだされた「料理に『究極』なし」。
この本の解説も書いていただいた石毛直道先生に、質問のかたちをとりながら、辻静雄との出会いから、その仕事についてまで、お話を伺いました。


国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授である石毛直道先生。京都大学のご出身で、専門分野は民族学、食文化論です。さらに石毛先生の先生は、桑原武夫先生、今西錦司先生、中尾佐助先生、篠田統先生など、食文化研究に携わる人なら知らない人はいないだろうというような方ばかりです。海外旅行がお好きで探検部に入られ、考古学研究で世界中を回られたことが1969年に最初に出された本になるのですが、この本のことを辻静雄は、1970年の学生の講義の中で、「京大の人文科学研究所の助手をしている石毛直道さんという人が書いた「食生活を探検する」というすごく面白い本があるので、読んでごらん」。と、学生に紹介しています。

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『辻静雄との出会いと思い出』

「最初に辻さんにお会いしたのは、40何年も前なのでどれが最初か覚えていないのですが、
私が最初に出した本は、実は研究の本ではないんです」と、話し始められました。

助手をしていた頃に、奥様と結婚することになり、当時は、まだ薄給で、お酒がお好きな石毛先生は、よく通っていた飲み屋に借金があったそうです(笑)。その借金を返すために書いた本が「食生活を探検する」。食いしん坊を標榜する石毛先生。世界のいろいろなところへ出かけ、人が行かないようなアフリカや太平洋の島々などで、そこに住む人々がどういったものを食べているかなど、自らが調べたメモを手掛かりに、本を書くことにしました。残念ながら結婚式には間に合わなかったようですが、本は、よく売れて借金は返せたのだとか。しかし、やはり学者の卵として、おもしろおかしく書いただけでは恰好がつかないから、食文化を研究するようになったと、笑いを交えながら話してくださいました。

その後、梅棹 忠夫先生の助手をしていたことや、友人でもある作家の小松左京さんらとの縁によって辻静雄の食事会に招かれるようになり、辻静雄との親交がはじまります。

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『60年代、日本の食文化研究はどういう状況だったのか』

石毛先生曰く、「60年代は、食文化という言葉すらまだなく、農学や栄養学、調理学といった自然科学の分野では、ちゃんと研究者がいましたが、文科系の研究というのがなく、日本の食べ物の歴史は、当時はまだ歴史学者の余業とされる程度の仕事でした」。

そんな中で、学者としてこれから食文化というものを研究するんだといった石毛先生を、一人だけ、「君面白いね」。といってくださったのが、植物の研究をされていた中尾佐助先生だったそうです。世界的にいっても、60~70年代は、まだ食を文化として研究することが確立されていなかった。その時代に、ヨーロッパの食べ物やフランス料理の歴史などについて学んだ辻静雄は、開拓者だったわけです。

石毛先生は、食の文化を研究し始めたとき、また新しい分野を考えるときには、一つは歴史的な縦軸で考え、もう一つは、横軸での比較をするそうです。どこがどう違って、何が同じなのか。どちらかというと、比較の方が好きだったという石毛先生に対して、辻静雄は、縦の系列。歴史的な視点でフランス料理を考え、さらにギリシャ・ローマ時代から始まってヨーロッパ中を覆いながら、その中で、フランス料理を考えるという日本では、まだ誰もやっていなかったことを一からやりました。大学の先端的な研究でも、本を読むだけでなく、人がやってないところまで首をつっこんで、自分なりに新しいことを考える。そして、ただ書いて発表するだけでなく、それを学生に教えるのが学者だとすれば、辻静雄の場合、自分の仕事をいろんな本に書き、辻調の調理師学校で成果をみんなに教えるという、やっていたことは学者と同じだったとおっしゃいます。

『週刊朝日百科「世界の食べもの」について』

80年に刊行になった週刊朝日百科「世界の食べもの」全140冊は、週刊スタイルで3年にわたってだされた本です。この本の総合監修を石毛先生と、中尾佐助先生、辻静雄の三人で手掛けました。

朝日百科は、140冊のうち80冊は日本以外。日本は地域別に40冊、他、テーマ分冊があり、世界の食文化を米や乳製品、香辛料、お酒などといったテーマで世界をわけています。料理の作り方よりも、その地域の人々にとって食物がどういう意味をもっているかということを考えるためにできた本で、さらに、料理などは、文字で書くよりも写真の方がはるかに情報量が多いということで、この本は全部で、カラー写真を1万2,3千点も使っています。日本の食文化に関する本として大変画期的な本です。週刊朝日百科の以前には、日本で読むことのできた世界を覆った食についての本といえば、アメリカのタイムライフ社が「世界の料理」というシリーズを出していましたが、今のところ朝日百科をぬくような世界の食文化を網羅する本はないはずです。

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『ガストロノミーについて』

辻静雄が研究の対象としていたガストロノミー。
「ガストロノミーは、美食術とか美食学と訳されますが、美味しい料理を作って、食べて、論じるのはガストロノミーの一部にしかすぎず、広い意味のガストロノミーは、料理とそれを食べる人々の文化の関係を考えることにあります。いってみれば、食文化の一つの分野だといってさしかえない。食道楽の理論的研究というわけではないはずです。本格的にガストロノミーを研究した初期の人で、よく知られているブリア・サバランという人が「美味礼賛」という本の中で、つまり、ガストロノミーとは、食に関するいろんなことを研究・整理して、そしてその結果、料理をすることに関わりがある人々に指導して還元することが必要だと彼はいっています。その意味で、自国の文化とするヨーロッパの学者たちにも負けないだけの一流の研究をし、自分の学校で調理にかかわる、そのプロとなる人に、料理のもとになる歴史を教えたのが辻さんでした」という石毛先生。辻静雄がガストロノミーを研究してきた背景には、やはり教育者であった辻静雄がいたようです。

そして、辻静雄の考え方を象徴するのが集められたその蔵書。食事会に招かれると、大変な紀行本やものすごく古い本や、世界ではもう手に入らない一流のヨーロッパの料理とフランス料理の歴史に関する本が何百冊とあるのを目の当たりにし、さらにそれは飾ってあるだけではなく、それを全部読んで、中世のフランス語やラテン語など、読むのが大変なものも、すべて読みこなして自分の考えを辻静雄は作ったと石毛先生はいいます。

文化人類学者同様、辻静雄はフィールドワーカーとして、体験することを重んじ、食べ物は食べてみることが一番。じゃないといくら本を読んでも絵に描いた餅と同じだと、1963年に、最初にフランスを訪れ、3年間だけでも、ヨーロッパを6回、300件に及ぶ一流レストランを訪れました。また、食べるだけでなくインタビューしたり、料理のコツを聞いたり、世界の研究者、料理人を問わず、多くの料理に関係する人々とつきあい、尊敬を集めるようになり、そして辻静雄は、本物のフランス料理を日本に伝えたのです。

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『辻静雄の仕事について』

最後に、石毛先生に同じ時代を生きてきた辻静雄の仕事について伺いました。

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「辻さんが仕事をはじめた60年代は、戦争の後遺症だった食糧難が終わり、人々が飢えということを考えなくて済むようになり、日本経済が発達し始め、食品産業や外食産業が急上昇し、80年代になるとグルメブームがおこり、日本人の食も量から質への転換を始めたときです。

満州事変くらいから続く戦争によって、ヨーロッパのちゃんとした料理が入ってくるルートが途絶え、60年代に一流ホテルで伝わっていたフランス料理は、大変昔のそれからあとの変化を知らなかった時代遅れのフランス料理でした。

そんな時代に、料理学校をすることになった辻さんは、それまで日本にあったフランス料理、洋食と本物とは違うようだ。本物と伝えるということを、本物の現状はどうか、自ら体得し、辻調の教育を通じて日本に伝えることに挑戦したわけです。

ボキューズさんだとか、一流の料理人を辻調によんで教えてもらう、学生だけではなく、有名な料理人にも、フランスからよんできた人の技術を公開講座として公開し、教職員を外国へ派遣し、一流のものを食べさせ、辻調の卒業生や関係者は、日本のフランス料理を世界的にも一流の水準まで押し上げました。また、研究者としてヨーロッパの食文化について最高の研究をしたのも辻さん。そして「JAPANISE COOKING A SIMPLE ART」、今でも大変有名な本ですが、日本料理の作り方を絵入りで、手順を親切に教えるだけではなく、その料理に使う食材や技術を文化的説明もしている日本料理に関する最高の教科書も残しました。日本の食の歴史の中で、食への関心が一番高まり、大変変化していったそういった時代に、辻さんという人物が活躍したということは、日本の食文化としては大変幸運だったと考えます」。と、答えてくださいました。

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最後に、辻芳樹校長がご挨拶をさせていただきました。

「石毛直道先生と辻静雄は、文化を含めた人類学、先人の方々とともに新しい学問を開拓してきた同志でもあり、その研究を心の底から喜びとされている石毛先生だからこそ、今回ぜひお話をしていただきたかったのです。今日は、辻静雄の誕生日ということで、今ここにおられる方、また若い方々に辻静雄が持っていた普遍的なメッセージを共有していただくことが、辻静雄への最高の誕生日プレゼントかと思います。そして、今回の辻静雄ライブラリーの復刊にあたり、ご尽力いただいたすべての皆様に、厚く御礼申し上げます」。

~辻静雄ライブラリー~

1 『フランス料理の手帖』 湯山玲子さん×辻芳樹
https://www.tsujicho.com/report/cat670/in.html

2 『うまいもの事典』 谷昇さん×君島佐和子さん
https://www.tsujicho.com/report/915in2.html

3 『エスコフィエ』 脇坂尚さん×淀野晃一さん×山内秀文さん
https://www.tsujicho.com/report/cat671/in3.html

4 『舌の世界史』 大岡玲さん
https://www.tsujicho.com/report/cat671/in4.html

5 『フランス料理を築いた人びと』 西川恵さん
https://www.tsujicho.com/report/cat671/in4-1.html

6 『料理人の休日』 八木尚子さん×山内秀文さん
https://www.tsujicho.com/report/cat671/in6.html

7 『料理に「究極」なし』 石毛直道さん