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【とっておきのヨーロッパだより】魅惑のチョコレート・ヴァローナ社"チョコレート工場の秘密"

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2016.01.15

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>


バレンタインデーが近づくこの時期は、日本はもちろんフランスでも、街中にチョコレートがあふれ、製菓店はもちろん、スーパーやデパートでもチョコレートフェアが開かれます。

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チョコレートとは、焙煎してペーストにしたカカオ豆に、砂糖や香料などを混ぜ込んだ食品を指します。16世紀、アステカ(アメリカ大陸で栄えた国家)からヨーロッパへ伝わった頃のチョコレートは、カカオ豆をすりつぶして作るどろどろとした苦い "飲み物" でしたが、ヨーロッパで砂糖を加えられるようになり、その後、19世紀に固形にする技術が生み出されたことにより、"食べる" チョコレートへと変化し、今では多くの国で愛されるお菓子になっています。「甘いもの」と聞けば、甘美な思い出と共に、真っ先にチョコレートを連想する方も多いのではないでしょうか。かくいう筆者もその一人で、例えば「チョコレート工場」と聞けば、黒く輝くチョコレートが滝のように流れ、甘い香りが溢れる製造ラインからは次々とパッケージングされたチョコレートが送り出される...チョコレート工場を舞台とした、有名な小説や映画のワンシーンを思い出し、ドキドキワクワクしてしまいます。

そんな憧れのチョコレート工場の秘密を探り出すべく、タン・レルミタージュ Tain-l'Hermitageへとやってきました。リヨンから南へ90kmの所に位置する町です。

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人口6000人に満たない小さな町です

チョコレートなのに、なぜこの町へ?と思う方、無理もありません。一般的にタン・エルミタージュは、銘醸ワインの生産地として名高い町です。

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町からは斜面いっぱいに広がるワイン畑が見えます

しかし実はこの町は、美食の国フランスが誇る高品質のチョコレートを生産する『ヴァローナ VALRHONA社』のチョコレート工場がある事でも知られています。ヴァローナ社の製品は、製菓職人や料理人の中では高品質のチョコレートの代表格として知られており、洋菓子業界のワールドカップ「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー Coupe du monde de la patisserie」(注1)のメインスポンサーを務めていることでも分かるように、ヴァローナ社は「プロが使うチョコレートの会社」として確固たる地位を築いているのです。

今回は、ヴァローナ社の全面協力で工場見学をさせていただきました。

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(左)第2工場外観です。ここから見学がはじまります
(右)あらかじめ辻調フランス校として取材を申し込んでいたため、ウェルカムプレートがありました!


到着後、チョコレートを勧めていただきながら受付を済ませ、最初の説明の前にコーヒーをごちそうになりました。まだ見学開始前ですが、ここでもチョコレートをふるまって下さいます(さすがチョコレート工場!)。ついつい手が伸びてしまいます...。

工場見学の前に、まずはチョコレートの製造工程についての勉強です。動画を見ながら、原材料のカカオ豆がどのようにしてチョコレート工場に届くのか説明を受けました。
カカオの木は、熱帯地方(特にアメリカ及びアフリカ)にのみ生育します。非常に繊細な植物で、良い状態に育てるためには常に日陰で育てる必要があるそうです。

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カカオの木(模型)

カカオの実はカボス Cabosseと呼ばれ、ちょうど大ぶりのレモンのような形といわれますが、日本人の私にはサイズも含め、きれいな形のサツマイモにも見えます。収穫は年に2回、最初の収穫のほうが良質とされます。カボスが完熟するまで待ってすべて手摘みで行われ、収穫の翌日、実を二つに割って中から白い果肉と共に20~40個のカカオ豆を取り出します。大体20個のカボスで1kgの乾燥したカカオ豆が取れます。

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カボス(カカオの実)とその断面

その後、香りをよくするために2段階で自然発酵させた後、乾燥させます。現地で麻袋に詰められ、船に乗せられて出荷されます。原材料の栽培から出荷だけでも、大変な手間がかかっているのですね。

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それではいよいよ、チョコレート製造工程の見学スタート!
工程は、『焙煎』→『粉砕』→『ブレンド』→『磨砕』→『精錬』→『調温』→『成型』→『包装』の順で進みます。

『焙煎』
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工場に到着後、洗浄、異物除去、品質検査を受けた原材料のカカオ豆を、まずはロースターの中で120~160℃の温度で焙煎します。カカオ豆の芳香を引き出す重要な工程です。

『粉砕』
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ヴァローナ社では産地の豆ごとに粉砕を行うそうです

殻とカカオニブ(小さなカカオ片)に選り分けます。カカオ豆を砕き、風とフィルターにより不要な殻とカカオニブに選り分けられます。この時カカオニブは砕かれ、さらに小さなカカオ片(フランス語でグリュエ・ド・カカオ Grué de cacao)になります。この工程でできるカカオ片の一部は菓子作りの材料としても製菓店で使用されています。

『ブレンド』
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カカオ豆をブレンドしてチョコレートの味と香りを決定する工程です。異なる産地のカカオ豆をブレンドして商品化するものと、類似する原産地の豆をミックスして、原産地限定として作られるものがあります。

『磨砕』
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細かくすりつぶし、砂糖などの材料を混ぜ込む工程です。カカオ豆を、複数のローラーを通して磨砕します。この段階でペースト状になります。フランス語では「リクール・ド・カカオ Liqueur de cacao(カカオの液体)」と呼ばれます。チョコレートを作るのに必要な原材料、砂糖、バニラなどを加えブレンドします。この状態を「パート・ド・ショコラ Pâte de chocolat(和訳するとすれば "チョコレート生地" でしょうか)」といい、さらに小さな状態まで細かく砕きます。

『精錬』
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チョコレートの香りと口どけの良さを生み出すため、パート・ド・ショコラをゆっくり練り上げる工程で、日本では、英語の「コンチング Conching」という用語が良く使われます。コンチング(精錬)には、2段階の工程があります。まずは製品を摩擦熱で暖めて液化を促す「ドライコンチング」、次に全体の均質化を促すための「リキッドコンチング」。余分な水分を減らすために行われます。

『調温』
液状のチョコレートを温度調整して安定した状態にする工程です。

『成型』
チョコレートを量って型の中に流し込み、冷却して固めます。ここまでの段階を経て、板状の大きなチョコレートが完成しました。

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フェーヴ状のチョコレートも小さな型にそれぞれ絞り込まれ、冷却して固めて、3kgずつ計量されてパッケージングされます。

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"フェーヴ" とはフランス語でソラマメのこと。板状よりも扱いやすいため、近年、製菓業界で原料として用いるチョコレートの形状はこれが主流になってきています

見学させていただいた工場ではこの他にもコーヒーなどについてくる小さな板チョコ、ボンボンショコラ(注2)も作られています。また、製菓材料のプラリネ(注3)なども生産されています。ボンボンショコラのコーティングやデコレーションも様々な機械を使い、作業の一部は人の手によって行われます。

見学中、製造過程に応じ、さまざまな "試食" を行いました。
まずは『粉砕』後のカカオ豆の小片を試食。噛むと、焙煎したカカオ豆独特の良い香りと苦味を感じます。
『磨砕』を経てペースト状になったカカオ豆は、まずは強い酸味と苦味を感じます。苦みはグリュエよりも強く、最後に豆の香りを感じました。
成型後の出来立てのチョコレート、これはいつも通りの美味しいチョコレートの味でした。
その他、ちょうど製造中だった特別注文のチョコレート(カカオ豆の割合や砂糖などの量が顧客から指定されたものだそうです)をはじめ、副材料の製造エリアではプラリネなどの各製品を、包装エリアではパッケージングされたチョコレートを10種類以上、その他にもボンボンショコラを数種類など...もっとたくさん種類があり、案内の方はどんどん食べてよいと勧めて下さったのですが、泣く泣くギブアップ。こんなに食べ続ける工場見学は初めてでしたが、大満足の試食でした。

とはいえ工場内は私物の持ち込み禁止、撮影禁止。そして作業している方々だけでなく見学者も全員衛生状態を保つよう、厳しく指示を承けます。各作業場へ入るたびにネットをかぶり、全身白の防護服を身にまとい手洗いを実施。説明を受けながら工程を見学、身につけたものを外す。そして別の場所へ移動後、再びネットと防護服...この流れを何度繰り返したか分かりません。衛生レベルが高い工場内で、作業を間近で見せていただけました。

ここで昼御飯です。今回は工場から歩いて数分のレストラン『ル・マンジュヴァン Le Mangevins』で昼食をいただきました。

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(左)レストラン外観
(右)本日のメニューです

工場が近いだけあって、デザートにはヴァローナ社のチョコレートを使ったものがたくさん。今日は世界初のブロンド・チョコレート「デュルセ」を使ったタルトと、深い苦みと香りのブラックチョコレート「グアナラ」を使用したチョコレートケーキがメインの2皿です。シェフに話を聞くと、「ヴァローナのチョコレートは高品質だし、この町にヴァローナ社があるのでごく自然に使っている」とのことです。

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(左)メインのデザートは滑らかな口どけの香り高いチョコレートケーキ
(右)飲み物に添えられるチョコレートもヴァローナ社製

昼食後には工場の他に「ラ・シテ・デュ・ショコラ(チョコレートの町)」と呼ばれるチョコレート博物館を見学させていただきました。

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ここはカカオの栽培から製造まで、そしてチョコレート自体やその食べ方について、詳しく勉強できる場所です。
カカオの栽培や選定については展示や模型を使って説明され、カカオ豆を実際に食べたり、香りをかいだりしながら味や香りを知ることができます。

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(左)博物館は流れるチョコレートの壁からスタートです
(右)チョコレートのアロマを当てるコーナー

また、クイズ形式で体験しながら学ぶコーナーやチョコレートの動画も数多く準備され、栽培の様子や製造の各工程についても責任者が分かりやすく説明しています。製造について学ぶエリアでは、今日の午前中の見学で見たこと、知ったこと全てが映像と展示で説明されています。

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工程ごとに動画で解説

様々な展示や体験施設が並ぶ中、特に驚いたのが、五感を使ったチョコレートのテイスティングでした。
まず視覚でチョコレートの色、つや、輝きなど外観的特徴を見つけ、表現します。嗅覚では香りの探究。口に入れる前、そして口に含んだ最初の香りからの変化を感じ、最終的に余韻として残る香りに注目します。チョコレートの香りがアーモンドやバニラ、オレンジなど様々に例えられるのが新鮮です。聴覚を使い、チョコレートを噛んだ時に出る音にも注意を傾けます。味覚を使い、酸味や苦味や甘味など、舌の上で感じられる味とその変化にも注目します。触覚では、チョコレートが口内でゆっくり溶けていく時の滑らかさを感じとります。
まるでワインのようにテイスティングをしてみると、チョコレートが実に様々な要素を持つ食べ物であることが実感でき、非常に興味深い体験でした。

お土産は、博物館の隣に併設されたブティックで買うことができます。

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ブティックの中もお客様で大賑わい

プロ用のタブレットチョコレートは、業務用3kgパックから小分けにしたものまでがズラリ。隣の工場で作られるボンボンショコラや副材料も様々なサイズが並びます。その他にも液体パックのホットチョコレートや専門書、製菓器具、ほかにもTシャツ、エプロン、ペン、キーホルダーなどのお土産グッズの販売もあります。

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(左)工場見学の案内などで一日お世話になったヴァローナ社のユージェニアさんと
(右)ブティックで買える商品の一部。試食でもかなり食べたはずなのについつい買いすぎてしまいました

憧れのチョコレート工場、ヴァローナ社見学を終えて、高品質のチョコレートを生み出すためのヴァローナ社のこだわりを多く理解する事が出来ました。中でも印象的だったのは、「高品質なチョコレートの基本は、何よりも高品質なカカオ豆にある」という信念です。2か所の自社農園と世界各地に契約農園を持ち、栽培から豆の選定までを行い、また自社農園を生きた実験室としてのさまざまな研究や調査に取り組み...。
「カカオを育てるところからがチョコレート作り」なのだということが、よく分かりました。

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チョコレート工場の秘密とは「最高の材料と最高の技術にこだわる」ことでした。この事はチョコレート作りに限らず、食に関わる人々の理想です。美味しさを追求するために、当たり前のことにこだわる。それが世界中のパティシエに信頼される、チョコレート工場の秘密でした。

※工場見学の工程写真は、全てヴァローナ社の提供によるものです。



(注1)2年に一度フランスで行われる、製菓職人の世界大会。世界予選を勝ち抜いた20チームで争われ、3人一組で10時間の競技時間内にチョコレートケーキ、アイスケーキ、皿盛りデザート、チョコレート細工、飴細工、氷細工を作り上げる。これまでに15回行われており、日本はいつも好成績を収めている。(次回の大会は2017年の1月に行われます。2013年、2015年と日本は2回連続2位でした。次こそ優勝の栄冠を!)
(注2)チョコレートを主材料にした一口大の菓子(ボンボンは砂糖ベースの小さくて固い菓子の総称)。
(注3)アーモンドやヘーゼルナッツにシロップをからめて、カラメル状に煮詰め、ローラーなどで挽いて粉末またはペースト状にしたもの。