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食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】パリの最新パティシエ事情

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2011.07.06

【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム??

フランスの中でもパリは日本人観光客にとって魅力ある場所の一つ。美食の宝庫であると同時に、世界最高峰の素晴らしいパティスリー(製菓店)が軒を連ねる街でもあります。マカロンで有名な「ラデュレ」、モナリザの眼のエクレアの「フォション」、常に斬新なアイディアを提案してきた「ピエール・エルメ」など日本にも支店を出している有名店はもちろん、品質・センスともに優れた多くのパティスリーがしのぎを削っており、どこの店も最新情報に敏感な日本人観光客であふれています。とはいえ、日本の旅行ガイドや雑誌だけでは、リアルな情報はなかなかキャッチしづらいもの。最近のパリのお菓子屋さん事情はどうなっているのでしょうか。職業柄お菓子好きの気質も手伝って、新しい流れを確認するため、パリで活躍中のパティシエ(菓子職人)で個人的に注目している方や、そのお店を訪問してきました。

「パリ屈指のパティシエ」といってその言葉に値する方は多々いらっしゃいますが、私は「オテル・ド・クリヨンHôtel de Crillon」シェフ・パティシエのジェローム・ショセス氏を思い浮かべます。
ショセス氏の作られるデセールは昔からあるお菓子でも全く新しいと思わせる形にアレンジされたものが多く、繊細で華麗という言葉がぴったりのデザインです。2005年の「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・パティスリー(パティスリー世界大会)」でフランスを優勝に導いたフランスチームのキャプテンであり、今現在パリにある「プラザ・アテネPlaza Athénée」のシェフ・パティシエであるクリストフ・ミシャラク氏からも
「彼の作品からは多くのインスピレーションをもらっている。」
という発言があるほどで、フランスにいるパティシエ達がショセス氏の新しいデセールを今か今かと待っています。かくいう私もそのうちの一人なのです。

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ショセス氏



15歳の時からパティシエを始めたショセス氏は、ランスの1つ星レストラン「レ・クレイエールLes Crayères」、ウジェニー・レ・バンの3つ星レストラン「レ・プレ・ドゥジェニー"ミシェル・ゲラール"Les Prés d'Eugénie"Michel Guerard"」など数々のグランメゾンで経験を重ね、2004年にパリの老舗高級ホテル「オテル・ド・クリヨン」のシェフ・パティシエに就任されました。ショセス氏は私が現在勤務しているフランス校にも製菓の外来講師として何度か来校されましたが、仕事は常に綺麗で、非常に見応えのある講習内容でした。(注1)
今回は、そんな輝かしい経歴と華麗な腕さばきを持つショセス氏の「オテル・ドゥ・クリヨン」での仕事場を拝見することができました。

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レストラン「レ・ザンバサドゥール」店内

普段、パリの一流製菓店のシェフ・パティシエにその創作の秘訣や秘密をなかなか聞ける機会はありません。今回、インタビューに快諾していただいたのを機に、個人的な興味も含めてじっくり質問させていただきました。

―どういう時に新しいお菓子のアイディアが生まれるのですか?
「毎日の生活から生まれます。例えば散歩している時、美術館やお店のショーウィンドー、テレビのCMもヒントになることがあります。皿盛りデセールに関しても同じです。伝統的なお菓子を現代風に変えています。今シーズンのババやタルト・タタンがそうですね。」

写真下は前回、フランス校の授業に来ていただいた時のお菓子です。

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ババ・ティ・ポンシュBabas Ti' punch

本来のババは、ラム酒がふんだんに生地に浸み込んだ重厚な味のお菓子。ですが、ショセス氏の手にかかると、ババ本来の特徴は備えつつも、サイフォン(液体をムース状にしてだす器具)で作られた軽いラム酒のクリームと柚子のソルベの風味が良く、バランスの取れた全く新しい一品となります。

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ラ・ポンム、ファソン・タタン、ソルベ・グラニースミス・クレム・アシデュレ
La pomme, façon Tatin, sorbet Granny-smith crème acidulée

ラ・ポンム、ファソン・タタン、 タルト・タタンの方はリンゴのコンポートやキャラメル和え、ソルベに煮リンゴと沢山のリンゴのパーツで構成されていますが、1つ1つが他のパーツを邪魔せず、パリパリの生地と一緒に食べると非常に美味しいです。こちらも伝統菓子タルト・タタン(注2)の良さを生かしながらも、3つ星レストランにふさわしい洗練されたデセールです。

―ホテル内には、サロン・ド・テ「ジャルダン・ディヴェールJardin d'Hiver」、軽食の取れるテラス「ル・パティオLe Patio」、カジュアル・ダイニング「ロべL'Obé」ミシュラン1つ星のメイン・ダイニング「レ・ザンバサドゥールLes Ambassadeurs」と4店舗ありますが、それらの店舗で出されるお菓子は全てショセス氏のもとでつくられているのですか?

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サロン・ド・テではワゴンのお菓子を提供している            大きなお菓子は、切り分けてサーヴィスしてくれる
左から:フランボワーズとピスタチオの生地と            手前から時計回りに:マフィン、チョコレートケーキ、

ホワイトチョコレートのムース、ミルクチョコレートの               ブリオッシュ、マドレーヌ、フランボワーズと

ムース、パッションフルーツと                            ピスタチオのケーキ、レモンケーキ

チョコレートのルリジューズ、リュバルブの

コンポートとイチゴのムース、マカロンショコラ

「もちろんです。お菓子を提供しているのはルームサーヴィス、朝食のパンを含めると8部門あります。それぞれのセクションによって求められるものが違うので、クオリティは変えずに、スタイルを変えています。種類にしては小菓子を含めて60種類ですが、いつも大量に作るという訳ではありません。見て下さい。」(そう言ってホワイトボードに貼ってある各セクションからの注文票を見せて下さいました)一度に作る一種類のガトーの数は、多くても15個ぐらいです。大きな単位で少ない種類より、小さな単位でたくさんの種類をつくれます。ここにいるパティシエ達に、より多くのことを経験してもらいたいためです。」

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オテル・ド・クリヨンの製菓部門作業場内

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ホワイトボードには各部門からの注文票がびっしり

仕事には情熱が必要だとおっしゃるショセス氏。情熱によってチームのモチベーションが上がり、学ぼうとする姿勢が高まるそうです。そうすることでお客様の喜びになると話していただきました。
そんな彼のもとには、同じく情熱をもった人々が集まり、女性でもデセールコンクール2位のキャリアを持つ優秀な方が履歴書を持ってくる事もあるそうです。
これからも更なる活躍が期待されるショセス氏。チームを愛する素敵な方でした。次の新作が楽しみです。

次に紹介するのは、昨年の9月にオープンした「アン・ディマンシュ・ア・パリUn Dimanche à PARIS」です。こちらはショコラ(チョコレート)をテーマとしたレストランとパティスリーの複合施設で、提供する料理やお菓子の多くにショコラが使われているのが特徴です。

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店の外観

オーナーは別にいらっしゃいますが、パティスリーの方はM.O.F.(注3)のフランク・ミシェル氏が監修し、これまでにない事業を展開しています。ミシェル氏もフランス校の外来講師として来ていただきました。(注4)

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パティスリー部門

この「アン・ディマンシュ・ア・パリ」は一階にレストラン、パティスリーが併設されています。パティスリーの作業場は外から全て見えるようになっており、緊張感をもって仕事ができる環境です。2階には、月に2回行われる料理・お菓子教室の部屋とバーがあります。このバーではボンボンショコラをおつまみにお酒を提供しています。最近できた新しい店として取材も殺到しているようで、私が訪れた時も日本のテレビ取材が来ていました。

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レストラン部門

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料理教室が開かれるキッチンスタジオ

シェフ・パティシエのクアンタン・バイイ氏は、ヴァランスの3つ星レストラン「ピックPic」で当時シェフ・パティシエを務めていたフィリップ・リゴロ氏のもとで働かれ、その後リゴロ氏の紹介でこの店のシェフに就任しました。

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バイイ氏

私が印象深いものはタルトのお菓子で、タルト生地を土台に敷いた通常の素朴な形ではなく、タルト生地で中身のクリームを挟んでいるものです。パティスリーでタルトといえば通常の形で作ってしまいますが、ここはレストランでもデセールとして提供している洗練されたデザインが目をひきました。構造上、生地の部分が普通のタルトよりも多くなってしまいますが、クリームがしっかりした味のためちょうど良いバランスでした。

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今までにない形のタルト・オ・ショコラ

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陳列されているお菓子

左から:タルト・オ・フランボワーズ、アールグレイとショコラのムース、フォレ・ノワール、タルト・オ・シトロン、タルト・オ・ショコラ

バイイ氏にも、色々な質問にお答えいただきました。

―お菓子を提供するにあたって気を付けている事はなんですか?
「パリは流行や、人の動きがとても速いです。たくさんの種類を提供すればよいというわけではなく、流行に合うものを常に少量ずつ提供することを心がけています。」

確かにパリは、様々な国の異文化が交じり合っており、またそれによって新たな流行が生み出されては消えていくパワフルな一面を持っています。

「技術的にも申し分なく、流行も熟知しているM.O.F.のパティシエが当店の3号店を任されたこともあるのですが、うまくいかず1年で閉店してしまったほどです。彼の作るお菓子のスタイルがパリでは少し古かったのかもしれませんが、とにかく流行の流れが非常に速いので、我々もお菓子のスタイルには常に気を配り、絶えず変化させる努力を続けています。
ですが、シュー生地やタルト生地などベースとなるものの配合を変えることはありません。」

店内にあるお菓子を拝見すると、エクレアやチョコレートタルト、レモンタルトなど昔からフランス人の方が好んで食べてきたお菓子がベースとなっている製品が多いようです。

―レストランでのことですが、もし料理一品とデセールだけにしたいというお客様がいらしたらどうしますか?
「私が以前「ピック」で働いていた時、リゴロ氏がミシャラク氏と2005年の「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・パティスリー(パティスリー世界大会)」で優勝され、一躍時の人となったのですが、その時にも同じような現象になりました。
通常、レストランでデセール主体の注文が増えることは、確かに店側にとってあまり喜ばしいものとは言えません。ですが、ここではお客様のニーズにできる限り答えるようにしています。私達は「ノンNon」とは言いません。大変ですがお客様が喜んでくれる姿を見たいです。
また毎日昼の3時からは、皿盛りのデセール1品だけでも注文可能になっていますよ。」

さわやかな笑顔で答えて下さったバイイ氏。これから色々な方面で取り上げられる事が多くなりそうです。

お菓子の売り場も、ただショーケースに並べるだけではなく、斬新な展示方法を提案する店も増えてきました。例えば「ユーゴ・エ・ヴィクトールHUGO&VICTOR」(写真下左)のように使っている材料別に展示を変えたり、「ラ・パティスリー・デ・レ-ヴLa Pâtisserie DES RÈVES」(写真下右)のように、見本になるものを1つ置いておき、注文があれば裏からとってくるというシステムを使用しているお店もあります。

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「ユーゴ・エ・ヴィクトール」店内                           「ラ・パティスリー・デ・レ-ヴ」店内

この2軒の製菓店ともに、店内で売られているお菓子は斬新な形をしたものが目立ちます。例えば、エクレアに使用しているフォンダンの代わりに、薄いチョコレートをシュー生地自体に巻いてしまうデザインなどもありました。

パリで最先端のお店を訪問して印象に残ったのは、それぞれのお店で大切にしている事は「基本に忠実であること」。
新しくデザインを変えることで味を悪くしてはならず、やはり美味しいと思わせることが一番大事なことだと言うことです。

最先端の部分だけが脚光を浴びがちなパリの製菓業界ですが、昔からある「ストレーSTOHRER」(注5)のババであったり「アンジェリーナANGELINA」(注6)のモンブラン等、昔からの伝統そのままに形・味を残しているお菓子もあり、これらの老舗パティスリーも依然として根強い人気を誇っています。
全てが新しければ良しとされている訳ではなく、長い年月の間に育まれてきた伝統の味はそのままに保ちつつも、お客様の要望に答えるべく日々精進するパリのパティシエ業界を垣間見ることができました。

注1: フランス校生活2011年3月1日(https://tsuji.fr/seikatu/seikatu.cgi?2011,03,01)を参照ください。
注2: タルト・タタンについては、2008年11月27日「愛され続けるリンゴのお菓子~タルト・タタン~」その1https://www.tsujicho.com/oishii/recipe/letter/totteoki/tartetatin.html
・その2https://www.tsujicho.com/oishii/recipe/letter/totteoki/tartetatin_2.htmlを参照下さい。
注3:M.O.F.(Meilleur Ouvrier de France、フランス国家最優秀職人章) フランス文化の各部門において最高度の技術を持つと認められた職人に授与される、国家認定の称号。
注4: フランス校生活2011年2月2日(https://tsuji.fr/seikatu/seikatu.cgi?2011,02,02)を参照ください。
注5、注6: いずれもパリの有名老舗製菓店。