毎日新聞「美食地質学」第32講 出羽三山の幸と山岳信仰―精進料理
2025年12月2日(火)刊行の『毎日新聞 夕刊』に、「美食地質学」が掲載されました。
「美食地質学」は、食通のマグマ学者・巽好幸先生(ジオリブ研究所所長)と、辻調理師専門学校の教員が、地質学と美食の関係をテーマに、それにまつわるお料理とお酒を楽しみながら対談をおこない、理解を深めていくという企画です。
第32講のテーマは「出羽三山の幸と山岳信仰―精進料理」。
山形県の出羽三山は、日本三大修験山に数えられる霊峰で、古来より山岳信仰の中心地として人々を惹きつけてきました。三つの山は、もともと一つの山だったそう。精進料理に舌鼓を打ちながら、その成り立ちをたどりました。
>毎日新聞「美食地質学」第32講 出羽三山の幸と山岳信仰―精進料理
https://mainichi.jp/articles/20251202/dde/012/070/005000c(※閲覧には会員登録が必要です)
今回の対談は、辻調理師専門学校で日本料理を担当する松島愛先生が担当しました。
テーマである精進料理も先生自身が調理し、目の前に並べた数多くの「御山の食材」を示しながら対談を進めました。

ところで辻調では現在、一部の学科で精進料理を学ぶプログラムを設けています。そのひとつが、出羽三山のひとつ"羽黒山"の参籠所「斎館〈さいかん〉」の精進料理です。授業では食材や加工方法、調理技術を学びますが、それだけが目的ではありません。精進料理の思想を通じて、食は料理そのもの(コンテンツ)にとどまらず、その背景や文脈(コンテクスト)とともに語られるべきものだと気づくことを目指しています。学生にとっては難しいテーマかもしれませんが、食の世界に長く携わってきた人ほど"響く"内容なんです。
さて、左が塩蔵もしくは乾燥させたキノコと山菜。右は干した山菜です。
斎館では、山菜を塩漬けや乾燥によって保存食材へと加工します。山菜が採れない季節には、それらを水や湯で戻し、組み合わせを工夫しながら多彩な料理に活かしていきます。だし汁も、昆布や、乾燥芋がら、塩蔵わらび、乾燥きのこ類などから引いて、ブレンドして用いるそう。
松島先生が手掛けた精進料理はこちら!
お膳の上:真ん中は三種のキノコ(塩蔵ぶなかのか・塩蔵もたし・干しなめこ)の煎り煮/左上の餡かけごま豆腐から時計回りに、塩蔵わらびと蒟蒻の味噌酢和え、わらびの煎り煮2種(干しわらびと塩蔵わらび)、天然なめこと蕎麦の実の和え物、塩蔵いたどりと薄揚げの煎り煮、塩蔵きのこと生麩の白和え
向こう側(右から):天然なめこの味噌汁、干し赤こごみご飯のおにぎりと塩蔵いたどりの甘酢漬け、白酒〈しろき〉
秋といえばキノコの季節。羽黒山で採れたなめこを使い、酒を加えてひたすら混ぜて粘りを引き出し、味噌汁に仕立てました。斎館で供される一品を、松島先生が学び、再現したものです。滋味深く、体にすっと染み入るような味わいです。
巽先生と松島先生、「今日はめっちゃ沁みる...」とつぶやきながら。
山形県の中央にそびえる羽黒山・月山・湯殿山は、総称して出羽三山と呼ばれ、古来より山岳信仰や修験の聖地として人々の厚い信仰を集めてきました。参拝者は麓の宿坊に泊まり、心身を清めてから山へ向かいます。その際に振る舞われるのが精進料理です。
(2018年に、辻調の学生が羽黒山を訪れた際のフィールドワークで撮影した写真)
出羽三山は、巽先生によれば、もとは一つの山だったものが約30万年前以降のできごとによって三つの山へと分かれたのだそうです。三山の位置や標高差の謎が解き明かされると、一同からは思わず「へぇ~」と感嘆の声が上がりました。
斎館と伊藤新吉料理長
実は、今年の6月に斎館を訪れていた松島先生。そこで斎館の伊藤新吉料理長から、精進料理の思想やその位置づけ、保存方法や調理法といった技術的な側面、さらには御山の歴史に至るまで、多岐にわたる学びを得ました。精進料理は単なる食事ではなく、心を整え、自然との調和を体現する修行の一環として位置づけられています。今回の対談では、その学びを実際の場で活かすことができ、料理を通じて「食べることは、精神を磨く営みである」という精進料理の本質を改めて実感する機会となりました。

訪問時、伊藤料理長に見せていただいた塩漬けの山菜。
今回の対談で使用した食材の多くは、料理長のご厚意によって揃えることができました。心より感謝いたします。
試作に試作を重ねて、ところどころ松島先生のカラーも出しつつ。
調理のサポートは、音部暖菜先生が担当しました。

さらに、鶴岡市羽黒町の「竹の露酒造」より、二種のお酒をご用意いただきました。ひとつは「白酒〈しろき〉」。醸したままの原酒で、米粒がそのまま残る特別なもので、神前にお供えし、下げていただく尊い酒です。特別に瓶詰めしてくださったものを用いました。もうひとつは、伊藤料理長おすすめの「白露垂珠 大吟醸原酒」。料理との調和を一層深めてくれました。
白酒。底に溜まった米粒が見えるのですが、わかるでしょうか。
出羽三山の生成の歴史に、出羽修験の歩みを重ね合わせると、この地がいかに特別で不思議な存在であるかを改めて感じさせられます。自然の営みと人の祈りが交差する場に思いを馳せる一日となりました。『毎日新聞』夕刊、あるいはデジタル版で、今回の内容をさらに詳しくご確認いただけます。ぜひご覧ください。
次回の美食地質学は、2026年1月6日(火)の『毎日新聞』夕刊で掲載予定です。お楽しみに。


