ABOUT US

料理のチカラプロジェクト

ブログ

分子調理研究会~本校教職員・学生も勉強会に参加!~

研究開発関連

2023.03.07

2023年2月14日(火)本校にて「分子調理研究会」の勉強会を開催しました。
「分子調理研究会」は、新しい料理を生み出すためのサイエンスとテクノロジーを考える研究会として、大学等の研究者、食品企業等の技術者、現場の調理師や料理人など、様々な分野の方々を会員に迎え入れ、研究活動、や勉強会、会誌の発行などの活動を定期的に実施しています。
※分子調理研究会

辻調グループからも研究会の会員として活動に参加しているメンバーが私を含め数名いることもあり、今回は、本校で勉強会を開催することになりました。テーマは「調製者の異なるコンソメスープの嗜好成分および官能特性~嗜好成分に対する煮込み操作の影響に着目して~」です。また、今回の勉強会のきっかけは、2020年スタートの科研費による助成を受けた研究「料理人と研究者の協働による分子調理法を活用した料理のおいしさの数値化,見える化」において、東京校の教職員や学生がコンソメスープ作りや官能評価にご協力したことにあります。私たちとしては、私たちだけでは解明できない「おいしさ」に関わる科学的な側面について、研究者の先生方と協働して、見える化、数値化することで、より客観的に理解したり、説明したりできるようになるという学びの機会でもありました。

さて、勉強会の講師は、上記の科研費研究の研究分担者でもある冨永美穂子先生(広島大学大学院 人間社会科学研究科)、湯浅正洋先生(神戸大学大学院 人間発達環境学研究科)、そして、石川伸一先生(宮城大学 食産業学群)もオンラインで参加されました。

↓↓辻調グループの学生、教員、分子調理研究会の方々と共に学びます


今回の勉強会の元にとなった実験の具体的な内容は以下の通りです。
◆ 調理経験の異なる本校所属の教職員および学生全4名(熟練者:料理経験 20 年以上の西洋料理教員 2名、非熟練者:学生および日本料理教員各 1 名)をコンソメスープの調製者として選定。
◆ コンソメスープ作りに使用する食料種類・分量・切り方および食塩量は同条件とする。
◆ 煮込み工程が最終の仕上がりに及ぼす影響を、成分分析、官能評価の両面から検討する。
◆ 煮込み工程における、加熱開始前、加熱 30 分、加熱 60 分、完成時に液体部分のみを回収し、味・香・色の成分を測定する。

↓↓広島大学 冨永先生、神戸大学 湯浅先生からの、通常の授業では扱わない実験結果の詳細な解説に、学生も教員も興味津々で耳を傾けています。


コンソメスープの官能評価は、辻調グループの西洋料理教員、企業の調味料開発経験者、大学の学生の各 8 名によって、スープの味、香り、色などについて行われました。その結果、コンソメスープの加熱操作において、味を司るほとんどの成分が、加熱時間が長くなるほどスープに蓄積されていくこと、また、加熱 60 分までは緩やかに、そして、最後の煮詰め操作によってぐっと濃縮されることが分かりました。
また、香り成分の多くは、加熱時間が長くなるほど減少する傾向にあり、熟練者間では仕上がり時の香り成分の状態はほぼ同等であることもわかりました。さらに、コンソメスープの官能評価においては、料理人はうま味やコク味を重視するという、熟練者共通の評価ポイントが可視化されました。そして、コンソメスープにおいては、仕上がりの目安として、Brix(糖度) や食塩量、スープの色の濃度を学習者に提示することで、より客観的な指標となり、さらに効果的な教育につながる可能性が示唆されました。

さて、先生方のレクチャーの後には、質疑応答の時間が設けられました。そして、学生たちは次々に質問を投げかけてきました。また、回答は今回の勉強会の講師だけでなく、この実験や研究に関わった辻調グループの教職員からもすることになりました。例として、代表的な質問と回答を以下に挙げてみます。

質問:
(学生A)煮込み時間にはどの程度の差があったのか。また、煮込むことにより水分量が低下し、塩分濃度はどのように変化したのか?
(学生B)煮込み時間が長いほど、味を司るほとんどの成分は濃縮されるとのことだが、煮込めば煮込むほどおいしくなるのか?

↓↓調理科学的な視点から積極的に質問する学生


回答:
(湯浅先生)煮込み過ぎると、塩分も高くなるため、おいしさに影響を及ぼすと考えられる。また、煮込むほど分解する呈味成分もある。
(辻調:西洋料理 鈴木哲也先生)煮込めば塩味のみならず、他のうま味も濃くなってしまう。ちょうど良いバランスのところで止めることも必要。熟練者は理想の仕上がり(透き通っている、琥珀色、肉と野菜の一体感・まとまりの3点)を思い浮かべ、そこに持っていくための調理工程を踏んでいる。
(辻調:西洋料理 秋元真一郎先生)一番だしを引くときに、鰹節を加えたあと、煮過ぎてえぐ味などが出てしまわないタイミングを見極めて漉すが、コンソメスープも同様であり、熟練者はそのタイミングを見極めて煮込み時間を調整していると考える。また、香りについては、熟練者は不要な香りを飛ばし(飛んだのではなく意図的に飛ばしている)、味や香りにまとまりを作っている。このあたりも熟練者と非熟練者との違い(非熟練者は不要な香りを飛ばし切れていない)と想定できる。

↓↓熟練者としてスープを調製してくれた辻調の鈴木哲也先生。目指すスープのおいしさがあり、そこに到達できるよう調整している。そのおいしさ(味や香り)が調製途中から仕上がりにかけて、見極めポイントが数値化されるのは大変興味深いとのコメント。


実際、香り成分については、煮込む時間の長い熟練者の方が減少しているという数値データもあり、上記の熟練者の回答に説得力を与えていました。また、講師や辻調グループ教職員以外に、分子調理研究会の皆さんからも、今回の研究のみならず、これからの調理現場において役に立つようなご意見や情報を数多くいただくことができました。熟練者と非熟練者のコンソメスープの作り方の違いが、味や香りを構成する成分にどう影響を及ぼしているかといったことが今回、数値化されました。

五感を使ったおいしさの記憶は、料理人にとってもちろん重要なものですが、数値化されることで、個人個人のおいしさの記憶にも、客観的な指標ができ、感覚だけに頼るよりも、より確実な学び、効果的な教育につなげられるのではないか、そんな貴重な洞察を得る機会となりました。また、学生から途切れることなく質問が続いたことも、この洞察の確かさを私たちに示してくれたと思います。
分子調理研究会の活動はこれからも続きます。また、こうした学びの機会が得られることを願いつつ、今回はレポートを締めくくります。

辻調理師専門学校 迫井千晶