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料理のチカラプロジェクト

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【辻静雄食文化賞 受賞者インタビュー①】千葉県いすみ市 有機農業による地域の食文化の創成

イベント

2020.08.28

2020年8月4日、第11回辻静雄食文化賞贈賞式をオンラインで実施しました。
新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、交流や歓談のための場を設けるのは難しい状況となってしまいましたが、この度は受賞関係者のみなさまにお話をうかがうことができました。

今回は、第11回辻静雄食文化賞を受賞した「千葉県いすみ市 有機農業による地域の食文化の創成」の活動に携わる、3名の方へのインタビューをまとめてご報告します。

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千葉県の東南部に位置するいすみ市。行政と住民が協力して、生物多様性を軸とした環境保全の町づくりに取り組む。2013年に始めた有機米栽培は年々規模を拡大し、子どもへの安心安全な食の提供を目指して給食に導入。2018年、全国でも例のない全量有機米使用の給食を実現した。食農教育を行い、環境に配慮した農産物をブランド化するなど、持続可能な産地経営の実現と有機稲作による農村の環境再生を志し、将来の世代へと続く循環型社会形成の機運を醸成している。
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【矢澤 喜久雄 氏(いすみ市環境保全型農業連絡部会)へのインタビュー

米どころとして知られる「みねや」という集落で、営農組合、後に農事組合法人を設立し、2004年から減農薬の米作りに取り組む。2013年からは協議会での議論を経て、完全無農薬・有機の米作りに取り組む。


―自然と共生する里づくりに取り組むには、農業・米づくりの分野が変わらないと一歩も前に進めないという熱い思いがあったそうですが、その思いについて、お聞かせください。

いすみ市でも、農業は後継者の問題、高齢化など、さまざまな問題を抱えています。そんな中で、地域の農業を維持するにはどうしたらいいか、いつも考えていました。

私の集落でも、営農組合をつくって進めてきましたが、2012年に「自然と共生する里づくり」プロジェクトがはじまりました。これは兵庫県豊岡市の、絶滅したコウノトリを野生に復帰させた取り組みをモデルにしたもので、いすみ市でも、これに学んで、コウノトリの住めるような地域づくり、環境づくりが話題になりました。

コウノトリの住める、生物多様性豊かな環境といっても、いすみ市の農業のほとんどが水稲です。水稲の分野で何か変えなければ、コウノトリの住める環境をといくら言葉で何度言っても、そうはなりません。まずは米作りの分野で何か変わらなければいけないのではないかと思って、営農組合で、まず無農薬の米作りに取り組んでみようと考えました。

当時、組合を設立してから、環境にやさしい農業をしたいということで、当初から減農薬というエコ栽培には取り組んでいたのですが、無農薬・有機栽培にはまったく無知でした。
何もわからない状態で手探りではじめ、市の関係者の方々に、全国の先進的な事例を学ぶ機会を作っていただき、関心を持っている地域の農家30名くらいがいつも勉強会に集まりました。

最初から、今のようなことを想像していたわけではありませんが、何もしなければ、次のステップが見えない。一歩踏み出してみれば、次の課題が見えるだろうということで、取り組み始めました。



近藤 立子 氏(有機野菜連絡部会部会長)へのインタビュー】

長年にわたって有機農業を実践し、開かれた形で有機農業を地域の方につなぎ、後進を育成するなど、さまざまな活動を行う。有機米が市内の学校給食で使われるというニュースに際し、有機野菜を給食で使ってほしいと自ら提案。


―日本では有機農業がなかなか普及しないという現状がある中、いすみ市の給食の現場に、有機の野菜を出すことを実現された意義についてお聞かせください。

私自身としては、長年、夢として、学校給食に有機野菜を出したいという思いを持っていました。その夢がかなえられたというのは、一番大きな意義です。

いすみ市に来て23年になりますが、自分の畑を持ちたい、いつか学校給食で使ってほしいという思いを持って、積極的にそういうことを考えて移住してきました。こちらにはすでに有機をやりたいという人たちがいたので、その人たちとグループを組んで、計算しながらここまで来られました。

センター方式の学校給食に使ってほしいという希望をなかなか伝えられなかったのですが、市の担当者とお会いしてからは急速に話が進み、去年から使っていただけるようになりました。

規格や量においては、40年やっていますが、初心に帰って一歩からやり直すという形でやっています。じゃがいもを来月80kg出すのですが、年齢的にも若い人が育たないので、手に余るのです。そこをどうクリアしてくか。一人一人の畑で10~20kg作ってもらい、それを集めて80kgにする。みんながそれぞれ少しずつやって、大きな喜びをいただいてというところです。

一つの農家で50~60kgいかないと、もっと広がりができていかないとは思っています。いまのところはそれぞれが少しずつ作っていたのを、少し幅を広げて。ひとつの品目をたくさん作付けすると、病気や虫の発生が出てくるので、それに取り組んでいる状況です。勉強しながら、新しい有機農法を考慮しながら、全員で頑張って行こうとしています。

困難なことは喜びに通じると思います。ハードルが高いほど、クリアしたときの達成感が、喜びが大きいのです。それを一人ではなく、グループのみんなと味わえるおもしろさ、幸せがあります。
そして、それが子どもたちに受け入れられていくというところ。社会的にどうとか、地域がどうとかというよりも、私たち自身のやりがいにつながるところに意義を感じています。


【手塚 幸夫 氏(房総野生生物研究所 代表)へのインタビュー】

地域の子供たちを対象に、環境と農業、食をつなぐ教育の実践に取り組む。いすみの田んぼと里山の生物多様性というテーマで、無農薬・有機の田んぼを実際の学びの場にして、子どもたちに農業と生物多様性がどうつながっているのか、具体的に教えている。


―長く環境問題や環境教育に携わってこられ、今回、このプロジェクトで、食と農と環境の三つをつないだことで、これまでになかった手応えを感じているとのこと、お話をお聞かせください。

近藤さんは農業をして40年、私も自然保護・環境教育にかかわって40年になります。40年続けてきて、矢沢さんや近藤さんのやっていることとつながりました。こうして人の話を聞きながら、改めて熱いものを感じています。

いすみ市のたどりついたここまでには、ホップ・ステップ・ジャンプという、3つのステップが2種類あったように思います。
一つ目のホップは、いすみ市が有機農業にかかわっていくための自然と共生する里づくり協議会を作ったこと。ステップは生物多様性の地域戦略を作った。いすみ市の地域戦略を作って、農林漁業を支える基盤は生物多様性にあるということを、市としてきちんと位置付けたということ。
それで二つの車輪が整って、車軸のところ、ジャンプのところで学校給食の取り組みがはじまったということを痛感しています。

もうひとつは、学校給食の中でお米が全量有機化されたこと。続いて、野菜。それで三つ目が、私が今取り組んでいる、地域の中で有機農業をやっていく、あるいは生き物と暮らしていくということに、どういう意味があるかということを、学校教育の中に持ち込めたということです。

私のように環境教育や自然保護にかかわってきた者が、里山というキーワードで生き物を見直していこうとしたときに、有機農業はどうしても外せないキーワードになります。
それが今、いすみ市でキーワードとなっているだけではなく、機能する車輪になって回っている。

食・農・環境の3つをつないだというのは、非常に重要なところだと思っています。
私のように生き物や環境にかかわってきた者には、環境教育を単独でやってきたという人はたくさんいるんです。当然、農業だけを単独で学校教育の中に持ち込んだという人もいるし、あるいは食育だけを持ち込んだという人もいる。
現在、いすみ市が総合的な学習の時間で行っているのは、3つを一体のものとして展開するということ。これはおそらく、社会を変えるというか、地域を変えるために必要な要素がいっぱい詰まっているんじゃないかなと、今、感じているところです。

最後に、5年後、10年後に、子どもたちが地域に愛着をもつ大人になってくれるのかなと、それをすごく期待しているし、地域の中の自然と一緒に生きていくことが大切なんだということを、人に語れるような大人になってくれることを期待しています。
5年くらいのスパンでは、子どもたちが学ぶことで大人も変わるんじゃないかということも期待しています。