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料理のチカラプロジェクト

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TSPAレポート#39:大岡 玲氏の読み解く『舌の世界史』そして辻静雄について<東京>

TSPA

2014.02.03

『辻静雄ライブラリー』復刊記念トークイベント  in 代官山蔦屋(2013年11月7日)
大岡 玲氏の読み解く『舌の世界史』そして辻静雄について

 

辻静雄先生の著書が復刊されたのを記念して代官山蔦屋書店で、開かれています。
今回のトークイベントでは、辻静雄先生の生前より交流のあった、作家であり東京経済大学教授の大岡玲さんがスピーカーとして招かれました。大岡さんは『舌の世界史』の解説も書かれているのですが、今回のイベントを通じ、辻静雄先生について語ってくださいました。

 

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≪出会い~辻静雄先生とコンソメ≫
辻静雄先生と大岡さんとの出会いは、大岡さんが30代前半のころ、辻静雄先生の食事会がきっかけだったそうです。大岡さんは辻静雄先生の隣に着席し、とても緊張していましたが、食事会の席で最初にコンソメが提供され、それを一口飲んだ瞬間、隣に座っている辻先生の声が聞こえなくなるほどの美味しいコンソメだったそうです。そんな美味しいコンソメに衝撃を受けている大岡さんに対し、辻静雄先生は、このコンソメに何かが足りないという様子で、キッチンで何やらコンソメにちょちょっと手を加えたそうです(胡椒を少し振った?)。そのコンソメを再び飲んでみると、のどにまとわりつくように食道へ流れてゆき、胃に達し、すべての器官に味覚という感覚が芽生えたかの如く、そのコンソメの美味しさを感じることができたというから驚きです。その時、大岡さんもおっしゃっていましたが、料理人としての辻静雄先生もまた偉大であったということが伝わってきたエピソードでした。

 

≪『舌の世界史』≒辻静雄史?≫
『舌の世界史』というからには、古代から現代までの料理の歴史や、偉大な料理人について、時系列的に解説がされているのだろうと思っていました。
大岡さんも、この本のタイトルから私と同じことを考えていたようでしたが、実は、本の内容はその期待、予想を裏切るものです。


大岡さんもお話しされていたように、辻静雄先生自身の経験に基づいて、そこに立脚した先生自身の『舌の世界史』がつづられています。
辻静雄先生がフランスで何を食べ、飲み、見て、体験し、誰と会ったのか、またどう感じたのかどう考えたのかということが細かに描写されています。


大岡さんは、辻静雄先生がおそらくこの「歴史」というものを、自己自身の意識が経験してきた「時間」に根拠をおかない「歴史」などに意味はない、と考えていたのではと読み解いています。また、この本は「ただの情報の羅列ではなく、教科書みたいに読んではいけない。この本は、ただ納得して読むのではなく、発展させることも考えていかなければならない」と言います。辻静雄先生が日本に何をもたらそうとしたか、日本にあったものをどう再定着させようとしたのかということを皆が考える「ヒント」がちりばめられています。つまり、それぞれの経験値、知識が増えるとわかってくる、より深く考えることができる、まさに「学ぶ」ということを教えてくれる本なのであると語ります。確かに、経験した辻静雄先生しかわからない、感じることのできない部分があり、それを私たちが理解することは難しいのです。実際に自分も同じような経験をし、経験値や知識を高めていくことにより、より深い理解や違った見方ができる面白さがあるのではないでしょうか。


辻静雄先生は、「本物であることのすごさをどれだけの人がわかるか」と言葉を残しています。それは先生のように並みならぬ経験、豊富な知識に立脚してしかわかり得ないことであると実感することができ、自分も本物であることがわかる料理人になりたいと鼓舞されました。

 

≪演奏家に似た料理人≫
本書の中で、辻静雄先生は音楽評論家の吉田秀和さんの言葉を引用しています。楽譜(レシピ)に基づいて演奏家(料理人)が音楽(料理)を生み出すわけですが、演奏家(料理人)の読みの深さ、技術により非常な差が生まれてくるということです。
さらに、音楽は一瞬の芸術であり閉じ込めておくものができず、2度として同じ演奏はありません。料理もまた、「旨さ」を記録することはできず、料理人や食材、また食べ手のコンディションなどの影響により、2度と同じ味の料理を食べることはなく、一瞬の芸術なのです。

 

大岡先生の言うように、きわめてはかなくとらえがたく一瞬にして消え去る「旨さ」を、辻静雄先生は過去から伝えられてきた「歴史」となり土台、自らの「時間」の助けを得て過去を復元し、未来に伝えることに献身され、執念を燃やしていたということが伝わってきます。
これは、私達学生にとって力強く背中をおしてくれる一冊であると心から感じましたし、また大岡さんの体験や解釈を知ることにより、より深みのある本となりました。

 

 

2014.2.3. 辻フランス・イタリア料理マスターカレッジ TSPA 新井 恵美子