REPORT

和久田哲也氏[第2回]

Chef’s interview

2008.12.12

聞き手:辻芳樹(辻調理師専門学校 理事長・校長)

●ここからは哲也さんの料理、料理哲学について少しお訊きします。ある人に言わせると哲也さんの料理は「常に新しい料理を次々と生み出すのではなく、最初の数年で作った代表作1品1品の進化にある」と。この解釈は正しいものですか?
  そのとおりですね。

●その考えの根幹はどのあたりにあるのでしょう?
  毎年新作を作るというレストランもありますし、それはそれでもちろん認めます。でも私はある料理を作ったとして、その料理をもっと美味しくするにはどうすればいいかを考えます。例えば仕入れ先を変えるとかして、ワンランク上の同素材で作るとどうなるかということです。

●そして、確実にすべての料理がより美味しくなっている?
  もちろんパーフェクトということはあり得ません。ただ同じ料理でもどうやったらもう少しでも美味しくできないかと常に考えるのみです。

●常連のお客様はその進化自体を楽しむということですね。
  そうです。でも、新作を作れと言われれば作りますよ。

●一人の料理人が一生のうちに代表作を何品ぐらい生み出せると思いますか?
  それはお客様が決めることですね。どれだけ不特定多数のお客様に「この料理を食べたい」って言われるかですから。なんとも言えませんけど、やはりまず最初にいい食材に出会うこと、これが一番だと思います。ですから私はいつもキョロキョロしていますよ。今だにレストランを始めたときの気持ちと変わっていないと思います。いい食材に出会うと「これ、使いたいな!」って思います。

●哲也さんはひとつの食材を前にしたとき、その食材をどのように調理できるか、その風味をどのように表現できるかなどと様々な角度からの視点を持てる方だと思います。他の料理人の視点にはない角度からの視点を持っていると一緒に働いていた方も仰っていましたが、そのような独自の視点、そして発想の原点はどこから?
  たとえば今日の講習でも使ったスパナクラブ、これはアサヒガニの一種ですが、昔から美味しいということは知っていましたけれど、身が取り出しにくいということであまり高い評価を受けていず、ストックを取るのに使われていました。ある時、私が海外出張に出かける時に友人が茹でたてのこの蟹を持って空港までとんで来まして、空港で二人でこの蟹をむいて食べたのが最初で、その時に「こんなに美味しいものなのか」と思いました。
 そして、帰国した時にぜひ自分で料理にしてみたいと思ったのです。どういう具合に調理すればもっとも美味しく食べることができるかを1年間ぐらい試行錯誤しました。
 私の店は良質の食材がなかったらやっていけません。私の料理の原点はまず良い食材を見つけることです。それから最適な調理法を考えるのです。

●本日の講習授業中、頻繁に「シンプル、シンプル」と何度も仰っていましたが、これは単に複雑に対するシンプル(=単純)な味というのではなく、曖昧に対する明白な味という意味も含まれているのでしょうか?
  はい、そうです。例えば本当に美味しい貝の風味は間違いなく美味しいということです。和牛は和牛としての確実な風味を持ち、ラムはラムとしてのしっかりとした風味を持っていることが大切だということです。

●哲也さんの「和のテイスト」、食材の使い方とかなどを興味深く思っていますが、それは日本で生活されていた頃、幼少期の味の記憶などに由来しているのでしょうか?
  ええ、それ以外にはないと思います。

●日本料理店で仕事されたご経験はなかったですね?
  まったくありません。ただ食べることはほんとうに大好きだったですね。「寿司屋に行くぞ」と言われると喜んでいるような生意気な子供だったそうです。

●日本の食材を用いることで驚きや奇抜性を求めているわけではない?
  全然違います。思うにやはり日本人だったから今この世界にいられるんだって思います。「オギャー」と生まれてからずぅっと母の料理を食べてきたわけです。みなさんもそうだと思います。絶対に日本人ならではの味覚があると思います。イタリア人にはイタリア人の味覚があります。そういう味覚があったからこそ今の私の料理があるのだと思います。ですから日本人に
生まれたことは実にラッキーだった、と思っています。

●これは個人的意見ですが、哲也さんの場合、日本の食材について海外から客観的に見ることができる事で、日本料理的な食材の使い方、あるいは型に固執されないと思うのですが、いかがですか?
  まったくその通りだと思います。

●日本人が日本の食材を使って外国でフュージョン料理を作っているのではなく、幼少期の記憶や自分の好きな食材の味覚をわかった上でまったく別の国にいて、料理を作っている、という感じがします。
  確かに西洋の料理は海外で習いましたが、例えばキンピラゴボウの味は忘れないですね。ある料理を作っている時に、今一つ風味が足りないなと考えたことがあって、その時に手元にゴボウがあったのでゴボウのアクだけ少し抜いて用いたことがあります。私がその時欲しかったのはある意味土臭さ、あるいは泥臭さでしたので、そこにトリュフを加えることで香りや味が倍増しました。

●余り料理を深く考え込まない方がいい?
  ん~ま、そうですね。少なくとも私はずぅっとメニューを考えこむことはないですね。何かやろうかな、と思うと仕入れ先の野菜業者や魚屋をプラプラ歩いて、いい食材に出会った時に「あっ、これにしよう」って感じです。正直な話、デスクに座ってさらさらとメニューが書ける人が僕は羨ましいですね。

●即興性についてはどうですか?毎日食材も微妙に異なるし、本人の気分もちがいます。それを調整するのが料理人の即興性として求められる部分だと思うのですが、それ以外の即興性についてはどうですか?
  お客様の要望ですね。私たちはまずお客様のためにいるわけです。お客様がこういうものが召し上がりたいと仰った時にどうやったら100%そのご要望に近づけられるかを考えなくてはいけない。メニューに記載されている料理しかご提供できませんというのはよくないです。お客様がこういうのが食べたいと要望された時にそのものを作れるということが大切なことだと思います。

●その時の料理の骨組み、即興性のルールのようなものはあるのでしょうか?
  今日、午後のコースの最後に御校の卒業生でもあるスタッフの松岡君に何か1品、既に準備されている食材で何か作れないか、って言ったら、彼は「できます」ということで一品作りました。何を作るかは私も知りませんでしたし、私は彼に完全に任せたわけです。でも、「絶対の美味しさ」というものをいつも彼には教えていますし、うちの店の枠の中でどうするかを彼は毎日やっていますから、問題なかったわけです。これはうちのスタッフが得意とするところです。
 長年店をやっていますと21年ずっと通ってくるお客様がいらっしゃる。突然、「今日はうちの奥さんの誕生日だから何か特別に作ってくれないか」って言われますよ。どんな感じのものを作るかのガイドラインをスタッフに伝えます。彼らに考えて欲しいわけです。自分で考えて自分で作るのが一番簡単なんですよ。でも、シェフになったら、当然周りにスタッフはいる。料理のガイドラインをスタッフみんなが考えてくれ、そこに微調整を加える。みんなが応えてくれた時は絶大な喜びです。先ほどもお話しましたけれど、何が大切かというとチーム。一人がどんなに頑張ってもそれは所詮一人です。レストランというのは皿を洗う人、ドアを開ける人、掃除する人、サービス、すべて体系を持っています。こういう人たちが合わさって"ひとつ"なんです。ですからレストランにとってはチームワークが一番大切です。それがあってこそレストランは成り立っているのです。

Restaurant『Tetsuya's』 529 Kent Street, Sydney NSW 2000
tel: +61(2)9267 2900

次回は、シェフズ・インタビュー:和久田哲也氏 第3回です。
お楽しみに!