REPORT

和久田哲也氏[第3回]

Chef’s interview

2008.12.19

聞き手:辻芳樹(辻調理師専門学校 理事長・校長)

●レストランというのは実に「総合的な」ビジネスだと思いますが、そういったビジネスをヒットさせる要素とは?それはたとえば料理の内容、味とサービスの組み合わせ、内装、雰囲気、ワインリスト、あるいは総合的印象だったりとか、それに見合う価格だったりしますが、こと料理だけに限った場合、何品がヒットすればお客様は繰り返し来店するのでしょうか?例えば哲也さんの場合は15~16品出されていますが・・・
  要するに全ての料理が「これでもか!」という内容であればお客様は疲れます。コース料理はどこかにメリハリがあっていいはずです。どこかにリラックスして食べられるところが必要です。

●流れは重要ですか。
  まさに流れですね。美味しいのは当たり前。もちろんまずいものは作りませんよ。食感のおいしさ、味のおいしさ、変わった食材を使うことで驚きをもたらすことができます。

●職員からの質問です。「最近とり入れた調理器具は?」
  電磁調理器具でしょうか。IH機器ですね。

●それは低温調理を有効にするためですか?
  いいえ、ちがいます。電磁機器には放射熱がありません。オーストラリアの夏はとても暑くて、40℃を超える日があるくらいなんです。そんな中で熱いストーブの前に立つのは非常につらいものがあります。放射熱を出さない電磁機器を用いると厨房の温度が下がり、働きやすい環境が生まれます。私はそのための投資は惜しみません。
 必ずしも新しいテクノロジーや新しい機器が新しい料理を作るわけではありませんが、上質の機器、たとえばしっかりとしたコンベクションオーブンであれば、プラスマイナス1度とかの温度コントロールがきちんとできます。要するにこの温度で、これだけの時間加熱すればコンスタントな結果を得ることができる、ということがわかるわけです。

●職員からの別の質問です。「食材の様々な組み合わせでこれは失敗だったというのはありますか。またその原因は?」
  いろいろありますねぇ。組み合わせ?組み合わせでねぇ~

●たとえばアラン・デュカスも言っていますが、甲殻類と肉類。ロブスターとオックステイルとか、リー・ド・ヴォーと車海老とか、スカンピ、あるいはホタテ貝とフォアグラとか。
  本日の講習でも子牛のジュにアンチョビを使いましたけれど、そういう意味での失敗はないですね。それよりも私は豚肉が好きなので用いるのですが、自分が美味しいと思ってどんなに頑張っても不特定多数のお客様に好かれないものっていうのはあります。それにデザートで用いる小豆。これはどのようにしてもアングロサクソンの人たちには受けません。

●食べ手の習慣的味覚は重要ですね。
  われわれの文化、アジア人は豆類をデザートで食べていますが、オーストラリア人は、豆類は食事として食べるので、デザートとしては食べたくないと言いますね。でも、どうしてもチャレンジしたくて白隠元は使って、コーヒー豆といっしょにお出しして成功しました。

●バターをソースの仕上げに使われないようですが、これはずっとそうされているのですか?あるいは料理の品数の多さと関係あるのですか?
  お客様にはいろんな料理を食べていただきたいですよね。私自身もそうです。バターを用いるとどうしても重くなるので使わないので使用頻度が減ってきたと思いますね。20年前くらい前は使っていました。

●私たちは1年間、あるいは2年間を通じて学生たちに対して「料理はこうでなくてはならない」という風には絶対教えたくないんです。就職する場、あるいは自分が望むキャリアや地位に対してフレキシブルでいて欲しいと思っています。
  料理はこうでないといけないということはないと思います。最終的にはみなさんがこの料理は美味しいと思って作り、お客様にも美味しいと思ってもらえればいいわけです。私は固定観念というものは持っていませんので、料理にルールはないと思っています。
 ただ、ひとつ私がラッキーだったのは、オーストラリアは国としても200年しかないわけですから、食文化も新しい国ですよ。それともうひとつ大切なことは厳密に言うオーストラリア人というのはアボリジニ以外いないわけです。移民でなりたっている国です。ですからオーストラリア料理というのはありません。
 ある意味このように"伝統"がないということはすべてが自由だということです。これは非常にラッキーだったと思います。今少しずつ変わりつつありますけれどフランス料理やイタリア料理にはそれなりに決まりごとってありますよね。日本料理もそうだと思います。こういうものがオーストラリアにないですから、私のような料理人が認められたのだと思います。

●人材育成の重要性について少しお伺いしたいのですが・・・
  人がいないとこのビジネスは成り立ちませんから、何にも増しての最重要用件だと思います。

●過去に人材育成の重要性を切実に感じられたご経験などありますか?
  以前の店の時代に一度、店はそれなりに順調だったのですが、スタッフ間で問題があったり、何人かはどうしてもいて欲しくないな、というスタッフがいたりして、なんとなく調和に欠けていると感じまして、一端リセットする意味で全員解雇して3週間店を閉めたことがありました。それで再度スタッフをリクルートして再スタートしたわけです。
 今の店でもマネージャーは一度辞めて戻ってきた者ですし、中には2度辞めて2度戻った人もいます。ブーメランみたいに(笑)。

●その人が3度目に辞める可能性は?(笑)
  いや~もうないと思います(笑)

●ある時期、ご自分が病気になられていかに部下を育てていなかった事に気がついて、その時からしっかりとスタッフを育てようとされたと聞いているのですが。
  ええ、5週間くらい店に出ることができないことがあって、その時はもう店を閉めようと思ったんです。でも、予約も入っているし「困ったな」と思っている時に、今はもう他界してしまった人ですが、自分がやると言ってくれたシェフがいて、「これはある意味博打かな」と思いながらも5週間任せてみたのです。
 でも、不安でしたからよく知っているお客様に頼んでもし駄目なら料金は返しますからということで食べに行ってもらったりしました。そうしたら「本当に美味しい」って言ってくださって、毎日「大丈夫か」って電話しながらも任せてみました。
 で、身体が回復して店に戻った時、そのシェフから「自分を信頼してくれてありがとう」と言われたんです。私は自分がベストだとは思っていませんが、自分の店を他の人に任せるのはいけないと思っていたのですが、このことがあって考えが変わりました。

●かつてはオーナーシェフは必ず調理場にいるべきだとか、その人が作ってこそその人の料理になるとか言われていましたが、今ではいかに自分の流儀、スタイルをスタッフに伝えて、再現させ得るかという能力が評価されつつありますね。哲也さんのお店はオーナーシェフがいて、シェフがいて、スーシェフもいて、この2週間くらいの不在の間はスーシェフにお店を任せてられるわけですよね。
  彼と同じレベルのスタッフがいますから大丈夫です。オーストラリアは病欠になると必ず2週間休みをとらせること、それに1年間仕事に従事すると4週間の休暇をとらせるという法律があります。ですから当然誰かが4週間休みを取る場合、一人のシェフがいないと言って店が稼動しないというのでは駄目ですから、店が正常に稼動するために必要なポジションは1人ではなく、何人かが担当するというシステムにしてあります。

●哲也さんが新しく作った料理の指示をスタッフにはどのように伝えられるのですか?味の表現ですか?プロセスですか?
  両方です。上位スタッフの何人かにはまずは「こんな感じで」という風に少し抽象的に。でも彼らは私と仕事している時間が長いですからだいたいどのような要求をしているかがわかるわけです。そして、プロセスをきちんと説明して、用いる素材を見せ、彼らに作ってもらって、私が味を見るという流れですね。そして他のスタッフには彼らから伝えます。これは何も自分はオーナーだから彼らと話をしないとかということではなく、キッチンはシェフたちに任せているわけですから、当然彼らが理解して、それを他のスタッフに伝えていくというのが当然の流れだと思っています。

●要するに伝える側、すなわち哲也さんの器量だけではなく、聞く側にも器量が必要だということと双方の信頼関係が必要ということですね。
  そうです。それとレストランである程度の年月一緒に仕事をする場合、シェフ、スタッフなどの私たちのリレーションシップは、一般の恋人、夫婦以上ですよ。一緒にいる時間がずっと長いですから。

●今までに哲也さんはスタッフに対して声を荒げたことがなく、ただ「侍」のような目つきでじぃっと睨まれるだけだということですが、睨まれたスタッフはたまらないでしょうね。
  正直言いますと昔、一番最初の店を始めた頃ですが、私は決して気が荒いほうではないのですが、状況的に怒鳴ってしまったこともあるんです。でも、やはりこれはよくないなと思いました。怒鳴っても料理やサーヴィスがよくなることはないですし、逆にスタッフが萎縮するだけです。ただ、単に叱るのではなくどうしてそれをやっていけないのかということをきちんと説明しなければいけないです。

●育てられるっていうのには限界があって、大切なのは自分で育つことですね。
  そうですね。

Restaurant『Tetsuya's』 529 Kent Street, Sydney NSW 2000
tel: +61(2)9267 2900

次回は、シェフズ・インタビュー:和久田哲也氏 最終回です。
お楽しみに!