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料理のチカラプロジェクト

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未来を考えるプロジェクト 報告ノート(3) 萩春朋シェフ

その他

2015.03.10

萩 春朋(はぎ・はるとも)さん
「Hagi フランス料理店」(福島・いわき)オーナーシェフ


萩さんには、2014年6月28日にお話を伺いました。
訪問者は、辻芳樹校長、フランス料理:高岡和也、中国料理:矢尾板渉、企画部:小山伸二


萩春朋シェフは1996年にフランス校を卒業後、フランス国内にて研修し、その後東京にて数店舗での勤務経験を重ね、1998年に地元の食材を使うフランス料理店として、若干22歳にて「ベルクール」をオープンします。いわきの人たちに馴染みやすい大衆フランス料理店でしたが、10年後にはカジュアルな料理を廃止し、「地産地消」を意識したいわきの魚介類、野菜を中心にした料理に変更。そして2011年の震災を機に「Hagiフランス料理店」として、完全予約制として地元の最上級の素材に特化した1日1組の現在のスタイルになります。今日では震災以降の福島県いわき市の復興のために、地元の生産者(農水産業者)や食品加工業者、自治体と連携し風評被害打開と地域活性化を目指し様々な活動を行っています。またその活動を通して2013年フランス、パリで福島の食材のスペシャリストとして福島食材の安全性をPRし料理フェアーを開催。同時にフランス大統領、モナコ公国アルベール大公に食事を提供されています。



◎取材ノートより

「人と社会に食を通じた貢献」 ~地方で地域活性化のために料理人に何が出来るのか~

震災によっていつもあるものが無くなってしまい、料理人として地元の素材を守っていく重要性を感じた。料理人として何が出来るかではなく、繋ぐための重要な役割があるのではないか。難しい料理ではなく生産者の形を壊さずに生産者が笑ってくれるような料理を提供しようと考えた。素材が出来るところから知っていたら美味しいだけでなく、生産者の思いという +αの味付けが勝手に食べ手にも出てくる。農業デザインとお皿のデザインはイコールでつながっている。


地方でお店をやっている意味が全く分かっていなかった。

地産地消をやりたくて、地元でどこにも負けないようなビストロ的な店を目指してレストランを始めた。昔は調理師学校等で習ってきた料理(クラッシック)をなぞっていた。それではお客様は喜ぶが、生産者は喜んでいない、目を見れば解る。生産者がフランス料理というとソースでごまかす、ごちゃごちゃまぜちゃうんじゃないか?という目で見ていた。野菜のピューレでは生産者は喜ばないと感じた。


生産者が喜ばないのでは地方でお店をやる意味がない。

習った料理が基本であって、素材を考えていなかった。 思えば母親が自分の料理を食べて野菜が美味しくないと言っていた。そこで美味しい野菜を求めて生産者に足を運んでいったが、言葉(共通用語、専門用語)が解らずコミュニケーションがとれなかった。東京では築地に行くことが一番だと思っていたが、ここでは生産者と仲良くならないと美味しい野菜は手に入らない。 農業の専門書を読みあさるようにして、「農家の言葉」を覚え、畑に通い作業を手伝いながら生産者とのコミュニケーションをとることに努めた。ただ農作業を手伝うだけでなく、ドレッシングやコンフィチュールの制作など、色々なアイデアを提供し生産者が農業で2~3か月しか商売出来なかったものを通年を通しての商売ができるように提案し生産者との信頼関係を築いた。


白石ファーム代表:白石さんとの出会いが転機
7歳の娘さんがほとんど食事を食べず悩んでいた。庭先のトマトは食べるが、スーパーのトマトは食べない。道端になっている実は食べる。「素材の違いがあるのではないか?」と考え、白石さんの畑へ連れて行くと青いトマトや苦いピーマンをバクバク食べた。何が違うのかと白石さんに尋ねると「自然のままだ」との答え。要するにこれまえ食べていたものには野菜本来の味が足りていなかったということだ、取れたてには命が宿っており、香りが残っている。このことが素材に対しての考えを変えるきっかけとなった。


萩シェフは白石さんの野菜は絶品と評価している
白石さんは「料理の世界、味付けの世界は解らないが畑で一番新鮮で取れたての味の判断は誰にも負けない」と豪語する。畑で採れた野菜を調理してもらう時に、その野菜本来の味が出てなければ正直に萩シェフに伝えている。萩さんは白石さんの「素材の味」の判断を信頼し、白石さんは萩さんの「技術」を信頼している。この信頼関係が今の活動を支えている。

ジャガイモの冷製スープ
ジャガイモの本来の美味しさ、生産者のみ知りえる「とれたて」の美味しさが
表現できているか生産者である白石さんにチェックしてもらっている。



これからの学校に望むこと

技術面では特に思いつかない。そもそもフランス校を含めた学校ですべての調理技術を学んでいる。 現場はそれのアレンジ・応用である。 ただ、若い料理人にはブランド名だけでなく本質を見抜く判断力を身に付けてほしい。話して、聞いて、理解して、使う、「力」が必要だと言う事。農家(生産者)と料理人とのコミュニケーションはこれからもっと必要となってくる。学生の教育で「コミュニケーション」の大切さをもっと教えてほしい。


まとめ

今回の取材で一番感じたことは、萩さんの持つ思いの強さと、それを見事に体現していることでした。

震災と言う大きな転機があったとしても、大きな目標を成し遂げるには土台になる力が必要であり、
萩さんは身に付けた調理技術を基礎とし、震災を機に多くの人と出会って感じた「気づき」を元にアレンジして現在のスタイルを貫いています。
アレンジするには「気づき」すなわち「情報」が必要であり、今後の学生指導におきまして基礎技術は勿論のこと、情報を手に入れるための「コミュニケーション力」が必要であると思いました。
「生産者が笑ってくれる料理」この言葉は教える側の我々にも大きな課題を投げかけ、これからの料理人の姿を現している言葉だと感じました。

(文責・矢尾板渉)


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辻芳樹校長の「改めて食事に伺います」との言葉から231日、東北が記録的な強風と大雪に見舞われた2015年2月13日の夜に、レストランでの食事が実現した。

訪問者は、辻芳樹校長、ライター:神山典士、料理研究家:川上文代、西洋料理:尾崎一正。

食事途中に「白石ファーム」白石氏が畑から取ってきたばかりのキャベツを持って参加(この日はつなぎではなく赤いジャンバー姿であった)。前回お話を伺った時と同様に、単に生産者とそれを使う料理人の関係にとどまらない深い信頼関係を感じるお話を聞き、改めて「地方で料理人をする魅力や強み」について感じるところの多いディナーとなった。



『Hagiフランス料理店』は昼もしくは夜の別なく"1日1組"限定のレストランで、コースはお任せのみ、その日の食材や価格設定によりメニュー内容は変わる。また利用者データも管理しており、前回と料理が重なることはない。


コースの開始に先立ち、まずその日に使う食材のプレゼンが行われる。この日は「生木葉ファーム」の二十日大根や春菊、地元で古くから飼料用に栽培されてきたじゃがいもの「おくいも」、いわきの在来野菜の「おかごぼう」、福島の在来種の豆、会津産ホワイトアスパラ、知り合いの元料理人が震災後に宮城で飼育し始めた放牧豚、福島産の大粒な苺などが紹介された。

 


萩氏いわく「料理で一番時間をかけるのは食材集め。その時間を捻出するため1日1組のお客様に限定する店にした」とのこと。野菜などは鮮度を重視し、調理時間に合わせてギリギリのタイミングで生産者の所に貰いに行くというこだわりようで、それだけに瑞々しさや香りは畑のそれとほとんど変わらない。

この日のサービスを担当した芳賀正道氏は甲州・勝沼でワイン作りを学び、地元いわき産ワインを作るために帰省し萩氏と出会い意気投合。レストラン近くの畑でブドウ栽培をしながら夜はレストランでサービスを手伝っている。萩氏も「いわき夢ワインを育てる会」の会長に就任し、いよいよ本格的に地元産ワインの製造を開始したところ。ここでも生産者と料理人の結び付きが新しい文化を生み出す力となっている。今春にはいわき産ブドウを甲州に持ち込んで醸造したワインが初出荷となる、一足先にそれを料理と合わせることになった。


<ワイン>

IWAKI 2014


左) 白 KOSYU & CHARDONNAY 
右) 赤 MUSCAT BAILEY A & MERLOT


<メニュー>

茹でた在来種の豆と白石ファームのトマトのジュレ
上にはシンプルに水で戻した豆を塩もせずにゆでたもの。その下には白石ファームで"1年かけて味付けしているトマト"を使ったジュレ。甘いだけでなく青トマトのような爽やかさも感じられる。豆は在来種の「さとまめ」、「のりまめ」、「青ばた豆」で、一般に流通していない品種のため苦労して入手したもの。特に「のりまめ」は口に含むとその名の通り海苔の香りが広がる。塩をしていないことで豆そのものの香りや風味が活かされており、それをトマトの力強い風味が際立たせる。


※料理1品ごとに使用されている食材について情報が書かれたメモが添えられる。




おくいもと鱒の燻製
「いわきワイナリー」のブドウの木をチップにして地元の養殖鱒を燻製にしたものと、在来種のおくいものピューレ。福島では現在、海産物に制限があるため養殖に力を入れており、鱒もその一つ。それをブドウの木で燻製にし、そのブドウで採れたワインと合わせる。瓶内にはスモークした煙が入れられており、ビンを開けた瞬間、かなりスモーキーな香りが広がる。「おくいも」は当初は飼料用で日本に入ってきたじゃがいも品種で、でんぷんが多くピューレにすると粘りの強さとほのかな甘みが特徴。これをゆでて少量のバター、生クリームを加えている。燻製香がかなり強く、あえて次の料理にその印象をつなげる意図がある。
 

器は、前半はいわき産の木材を利用したものが多く、冷めにくく、温かみが有るので使っているとのこと。
テーブルにはフォーク・ナイフと共に、いわき産の間伐材を利用した「杉九寸伏柾目利休箸」も添えられている。



真鯛といわき産の野菜を4種類の塩で

震災で放射能汚染が疑われるため、いわきでは農家が自主的に表土を剥いだ。野菜の味は表土2cmで決まると言われており、しばらくは野菜の味が落ちてしまったが、萩氏も協力して4年がかりで生産者と味を戻した野菜がメインの一皿。使われた葉野菜は「生木葉ファーム」のもので、生産者の皆川氏は科学的な理論に基づいて土作りや肥料の配合を行い、素材だけで十分に美味しいプロスペックの野菜になっている。
さらに調理では、それぞれの素材の持つミネラル分や風味に合わせて4種類の日本海側の北から南までの塩を使い分けている。また前の料理の燻製の香りがシンプルに蒸した鯛や野菜の味を複雑にする効果を狙っているとのこと。



伊勢海老にいわき産の野菜と福島県産りんごを合わせて
塩を使わない一皿。皆川ファームの皆川氏は元々科学者で美味しい野菜を成分析しており、肥料でそれを再現できる。その皆川さんが塩の成分によく似た化学組成のミネラルを肥料にして育てたルッコラなど。確かに塩はないが、味は濃く感じる。三重産の伊勢海老は生で甘みを生かしたもの。
このあたりまで2品目の燻製香が口の中に残っており、それを野菜のミネラルやりんごの酸味と合わせることで味に変化が出る。(この3品が連作のイメージ)



<パン>
自家製のパンは、地元で2件の農家しか作っていない新品種の小麦「きぬあずま」を使ったもので、本来はうどんに適した小麦として開発された中力粉でパンに使用することはほとんどないが、敢えて地元産小麦として配合を工夫して使用しており、小麦の香ばしさが感じられる仕上がりとなっている。



白石さんの白菜の3時間ロースト、いわき産アンコウとに
アンコウは骨を焼いていわきの地酒「太平櫻」とトマトで煮出してそのまま飲んで美味しい出しを取り、ガストロバックでアンコウの身に閉じ込めたもの。土の味を演出するために、いわき産のビーツを角切りにしてレモンの香りを加えたものを散らして(ピンク色のもの)。下に白石さんの白菜を塩もせず3時間ローストして甘みと香ばしさを出したものを敷き、上には紫蘇やカブなどの若い芽(間引き菜)を乗せ、日本の香りを感じさせる。ソースに頼らず、素材の旨みをどうにか閉じ込めたいと考えた料理。



おかごぼうと原木しいたけ、ポロねぎ、フォアグラ、かりんのコンフィチュール
「おかごぼう」は薄くスライスしてフライに。原木しいたけのソテー、かりんはコンポート(ジャム)にした果肉をバトネにして。いわき産ポロねぎの輪切りをグリエし、フォアグラのソテーがソースの役割。「おかごぼう」はいわきの在来野菜で1件の農家でしか作っていない。中に"す"が入るのと、段ボールに入れられない形のため流通業者が嫌がり、あまり市販されていない。繊維が柔らかいためフライにすると軽いチップスになる。香りや味の濃い原木しいたけ、かりんの甘みをフォアグラが上手くまとめており、それぞれの素材を盛り合わせた一皿だが、風味やテクスチャーの構成が緻密に考えられている。

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福島産ホワイトアスパラと放牧豚、赤ワインのソース
ホワイトアスパラは福島・会津産で、1月中旬から6月に出荷される立派な太さのもの。これを剥いた皮を15分間煮出して香りを引き出し、ガストロバックでアスパラに染み込ませており、火通しは最低限で食感は生に近いシャキシャキ感の強いもの。アスパラの凝縮した香り・旨みが感じられる。豚肉は知り合いの元料理人が育てた放牧豚で、まだほとんど市場に流通していないもの。ロースを低温でじっくりローストしており、ジューシーで旨みの強い仕上がり。ソースは「土の味をイメージ」した、紫にんじん、いわき産(のブドウで作った)赤ワインを煮詰めて作ったもの。
フォンや油脂を控え、ワインの酸味と苦味、にんじんの甘みと土の香りが活きている。豚肉よりもアスパラが主役と言ってよい一皿。



苺に軽く黒酢を染み込ませて、アイスクリームとサブレを添えて

苺に黒酢をガストロバックで染み込ませて。東北では黒酢は2社しか生産しておらず、その内の二本松で作られたもの。酸味が穏やかで苺の甘さや香りと合わさり、バルサミコ酢のような芳醇な香り、味になる。「生木葉ファーム」の平飼い鶏の卵とアーモンドパウダーで作ったサブレ(パウダー)と牛乳のアイスクリーム、メレンゲを添えて。


食後に萩氏、白石氏にお話を伺った。


あらためて素材の味から調理するきっかけを尋ねたところ、「生産者は料理店に食べに行っても、せっかく作った野菜が一食材としてしか使われておらず、がっかりする(八宝菜を例に)。それを知って苦労して育てた野菜の美味しさがわかる料理を作ると決めた。」とのこと。そのため出来るだけ料理を出す直前に収穫した野菜を集めるようにしており、この日も4時間前に取ってきたばかりの野菜が揃えられた。


料理を作る上で。
・野菜自身の味・香りを消さないよう、塩味はギリギリに控えている。
・野菜や魚介、肉の持つミネラル分を考え、それと似た成分を持つ塩を合わせることで、コクや甘みを引き出す。
・料理を考える上で、どの料理にも"土の香り"だけは入れるように意識している。
・素材を科学的分析に基づいて調理し、化学式としてメニュー構成を考え、できるだけお客様が飽きないように工夫している。


土つくりから料理が始まる。
美味しい野菜を作ってもらうため生産者の話す言葉を勉強し、生産者と一緒に畑仕事をし、時には一緒に試行錯誤を繰り返している。萩氏にとって"料理"は畑で野菜を作るところから始まっており、その料理のための食材を集めることに最も労力を注いでいる。料理のイメージを実現するため、畑にフランス産イースト菌やオリーブオイルを撒いてもらうといった場合もある。
白石氏曰く、「真剣に農家の話を聞く、そんな料理人はこれまでいなかった」とのこと。萩氏の自然体で人懐っこい雰囲気だからこそ、生産者にも信頼されるのではと感じる。白石ファームではその日に使う野菜だけ、使う量だけを萩氏が取りに来て、それに応えて白石氏も1個からでも卸すという商業ベースの付き合いでは考えられない関係。白石氏も萩氏との付き合いは商売関係ではないと言い切る。
2014年第五回「料理マスターズ」を受賞したことで、さらに地域の生産者を応援する活動や、より大きな取り組みを積極的に行っている。生産者と共に素材作りから料理をするシェフに、地域生産者だけでなく自治体からも大きな期待が寄せられている。


最後に萩氏が、「地域が活性化して、食で"あれは日本一だよね"と言ってもらえる日が来た時、震災でゼロ以下になったところから本当の意味で復興が完了する」という言葉が印象に残った。

(文責:尾崎 一正)